矢野顕子、オーディエンスを宇宙へ連れ出す新しい音楽体験 歌とピアノで“生命の喜び”を紡いだ感動の一夜をレポート

 宇宙飛行士の野口聡一が宇宙で書いた14篇の歌詞に矢野が曲をつけ、ピアノの弾き語りでレコーディングしたニューアルバム『君に会いたいんだ、とても』(矢野顕子・野口聡一)。本作のリリースを記念したライブ『矢野顕子の歌とピアノで宇宙へ行こう。「君に会いたいんだ、とても」』が3月24日・25日の2日間、東京・大手町三井ホールで開催された。本稿では24日公演の模様をレポートする。

 アルバム『君に会いたいんだ、とても』の起点となったのは、書籍『宇宙に行くことは地球を知ること—「宇宙新時代」を生きる』(光文社新書刊)のための対談中に、矢野が「宇宙で詞を書いてください。私が曲にします」と提案したこと。このアイデアを野口が快諾し、宇宙飛行士と音楽家による異色のコラボレーションが実現した。大の宇宙好きとして知られ、「宇宙を考えることは生きることの基本だと思っています」という矢野。今回のライブで彼女は、宇宙に思いを馳せることで、地球で生きていることの軌跡、生命の尊さ、そして、大切な人への思いを美しく、奔放に体現してみせた。

 凛とした音色、抒情的な旋律に導かれた最初の楽曲は、「朧月夜」。野山や生き物、そして人の営みを月夜が照らし出す情景を描いた歌が広がり、ノスタルジックな雰囲気へとつながる。スクリーンには大きな月の映像。宇宙に思いを馳せる、今回のライブのテーマを示すオープニングだ。さらに音を切らすことなく「Full Moon Tomorrow」(アルバム『Soft Landing』2017年)を披露。「今日は歌とピアノで、みなさんを宇宙にお連れします」「宇宙に行ってみたいという気持ちを曲にしてみました」という言葉の後は、未発表の新曲「Space is Hard」へ。そしてここからは、アルバム『君に会いたいんだ、とても』の楽曲が次々と演奏された。

 ロケット発射の映像とともに放たれたのは、「ドラゴンはのぼる」。ドラゴンとは、野口が搭乗した宇宙船・クルードラゴンのことだ。上昇の際の高揚感、身体がつぶれそうになるほどの苦しさ、そして、無重力状態になったときの静けさ――発射から宇宙に到達するまでの12分間を矢野は、ピアノと歌でドラマティックに表現する。

 さらに“すべては対等”というメッセージを込めた「ごらん」、宇宙で植物を育てるミッションをモチーフにした「育てよう」、宇宙から見た地球の姿、そのときに生じる愛しさや感謝を綴った「ここにある地球(ほし)」などが次々と披露された。使用された映像は、野口本人が宇宙で撮影し、NASAから提供された素材。宇宙の多彩な表情を映し出す映像、そして、矢野の歌とピアノが有機的に結びつき、これまでに体験したことのない音楽空間が広がっていく。

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