『RRR』劇中曲、映画音楽術として優れた2つのポイント アカデミー歌曲賞受賞を機に考える
「Carpentersを聴いて育った私が、今こうしてオスカー像を手にしています」
そう語ったのは、映画『RRR』の作曲を手がけたM・M・キーラヴァーニ。『第95回アカデミー賞』で挿入歌「Naatu Naatu」が歌曲賞に輝いた際、スピーチの壇上に上がった彼は意外にもアメリカを代表する兄妹ポップデュオの名前を挙げた。そしてCarpentersの代表曲「Top of the World」のメロディに乗せて、『RRR』の監督S・S・ラージャマウリや家族に対して謝辞を述べたのである。アカデミー賞のスピーチがまさかの替え歌って、なんて最高ではないか。助演男優賞に輝いたキー・ホイ・クァンのスピーチも感涙モノだったが、筆者のハイライトは断然M・M・キーラヴァーニだ。
インド映画の楽曲が、アカデミー歌曲賞を受賞するのは史上初めて。しかもリアーナ「Lift Me Up」(『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』主題歌)や、レディー・ガガの「Hold My Hand」(『トップガン マーヴェリック』主題歌)といった超メジャーヒットを抑えての戴冠。映画音楽の歴史において、間違いなく『RRR』は新しい扉を開いた。
まず、簡単に映画『RRR』について説明しておこう。本作は、2022年のインド映画世界興行収入No.1に輝いたスーパーヒット作品。イギリス植民地時代のインドを舞台に、英国軍に誘拐された村の少女を助けようと画策するビームと、英国政府に忠誠を誓う警察官ラーマとの、友情と革命の物語が壮大なスケールで描かれる。「Naatu Naatu」は、ビームとラーマが歌い踊りまくるシーンに使用されたナンバー。シンクロ率100%の超高速ダンスに、あまたの映画ファンがハートを撃ち抜かれた(筆者もその一人である)。
求愛行動としてのダンスではない。祖国への誇り、自らに宿るエネルギーを爆発させたダンスだ。その想いが、8分の6拍子のビートに凝縮されている。差別の目を向ける英国人に対して、インド人によるインド人のためのインド的なサウンドが鳴り響くのだ。だが、そのベースとなっているのは極めてヨーロッパ的なダンスミュージック……ユーロダンス。エスニシティ、エキゾチシズムはあくまで表層的なスパイスでしかない。
興味深いのは、かつてM・M・キーラヴァーニが作曲を務めた『Simhadri』という映画のサウンドトラックに、「Cotton Eye Joe」をあからさまにオマージュした「Chiraku Anuko」という楽曲が収められていること。「Cotton Eye Joe」は元々アメリカ民謡で、1994年にスウェーデン出身の音楽グループ Rednexがカバーして大ヒット。フィドルやバンジョーなどカントリー&ウエスタンな楽器を多用して、アメリカのルーツミュージックをユーロダンスのトラックにミックスしてみせた。
一聴すれば分かるが、「Chiraku Anuko」のリフはほぼ「Cotton Eye Joe」と同じである(M・M・キーラヴァーニ自身も、このトラックが「Cotton Eye Joe」を参照していることを認めている/※1)。速く強いビート&まくし立てるラップのユーロダンスが、映画音楽として強烈な推進力になり得ることを、彼はこの時点で気がついていたのではないか。そして「Naatu Naatu」も、その理論を応用して作り上げたのではないか。
Carpentersを聴いて育ったというM・M・キーラヴァーニの脳内には、欧米のポップミュージックが常に鳴り響いているのである。