『RRR』劇中曲、映画音楽術として優れた2つのポイント アカデミー歌曲賞受賞を機に考える

 サウンドトラックでは、特定の人物に主題をつけるライトモチーフという手法がよく使われる。『RRR』でも、ビームとラーマの二人の主人公に対して主題が用意され、あらゆる楽曲にそのモチーフが繰り返し登場する。そのサウンドスケープが、オペラのように彼らの感情を表現していくのだ。そういう意味では、非常にオーソドックスかつ正攻法な作りといえる。

 だが『RRR』がハリウッド映画のサウンドトラックと大きく異なるのは、“人間の声”を多用していることだ。M・M・キーラヴァーニ自身のコメントを引用してみよう。

「インストゥルメンタルミュージックがどんなに素晴らしいものでも、スーパーヒットになったことはないですよね? 過去30年間、そのようなことが起こった記憶はありません。スーパーヒットには必ず、人間の声がついている。歌詞があったとしても、それを理解できるかどうかは関係ありません。(中略)それが人間の声の力なんです」(※2)

 「歌詞があったとしても、それを理解できるかどうかは関係ない」ということは、伝えたい言葉があるというよりも、楽器として人間の声を使いたいということだ。これもまた、非常にユーロダンス的な発想といえる。もちろんそのラップには、パーソナルな信条や社会的なメッセージが含まれているが、そのフロウ(歌い回し)自体がサウンドと不可分な要素となって、リスナーを興奮と恍惚へと誘うのだから。

 少女マッリが総督夫人の手に絵を描く場面で流れる「Komma Uyyala」では、芸術の喜びが美しい女性の声で表現されている。ビームとラーマが初めて出会い、友情を育む場面で流れる「Dosti」では、何重にもハモった男声がドラマを高揚させている。映画のエンディングを飾るトラック「Etthuva Jenda」では、男声コーラスと女声コーラスを混合させることで幸福感を高めている。

 そしてこのサウンドトラックの白眉といえる「Raamam Raaghavam」では、ヘヴィメタルのようなエレキギターの轟音に乗せて、力強い声で何度も〈Raamam Raaghavam〉が繰り返され、超高速のフィメールラップがインサートされる。“人間の声”が、楽曲に、そして映画に、大きな力を与えているのだ。それこそが、M・M・キーラヴァーニ的な映画音楽術である。

Raamam Raaghavam Song - RRR – Ram Charan , NTR | M. M. Kreem | SS Rajamouli | #RiseOfRam

 彼は現在まで、全てのS・S・ラージャマウリ監督作品に参加している。アルフレッド・ヒッチコック&バーナード・ハーマン、セルジオ・レオーネ&エンニオ・モリコーネ、スティーブン・スピルバーグ&ジョン・ウィリアムズ、クリストファー・ノーラン&ハンス・ジマー、ポール・トーマス・アンダーソン&ジョニー・グリーンウッド、デイミアン・チャゼル&ジャスティン・ハーウィッツといった映画監督&作曲家の名コンビのリストに、確実にS・S・ラージャマウリとM・M・キーラヴァーニも入ることだろう。しかもこの二人は単に馬が合うだけでなく、実際の親族でもあるのだ。

「ラージャマウリは私の従兄弟で、12歳年下です。だから、彼はアイデアが浮かんだらいつでも私のトイレのドアをノックすることができるし、私の寝室にもトイレにも入ることができます。彼がアイデアを思いついたら、私はすぐに対応します。そうすることで、時間を大幅に節約することができるんです。(中略)もうひとつのメリットは、長い付き合いだからこその相性や波長です。私は61歳で、彼は48歳。家族ぐるみの付き合いも長いし、キャリアや音楽などの議論でもとても相性がいいんです。だから彼が何を求めているのか、どんなテイストなのか、よく分かるんです」(※3)

 インド映画界のみならず、世界レベルでも最強の映画監督&作曲家コンビとして、彼らはこれからもエキサイティングな作品を世に送り続けることだろう。

※1、2:https://www.indiewire.com/2022/12/rrr-ss-rajamouli-mm-keeravani-interview-1234789145/
※3:https://cinemadailyus.com/interviews/rrr-qa-with-composer-m-m-keeravani-composer-of-naatu-naatu/

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