水野良樹=清志まれ×彩瀬まる、作家という存在との向き合い方 小説を書く上で大切にしていること
“詠み人知らず”になることはできないかと思った
――彩瀬さんも短編集『花に埋もれる』が刊行されます。新潮社のサイトには「ベストアルバム的短編集、ここに誕生!」とありますね(※3)。
彩瀬:デビュー作『花に眩む』(新潮社「女による女のためのR-18文学賞」受賞作)から最近の幻想ものまで収録されているから、彩瀬まる入門にいいだろうという意味だと思います。
水野:ご自身では初期から今までで変わったという感覚はありますか。
彩瀬:変わった部分もありますけど、変わらないのは、人間のあり方を少し変える書き方をすることで、普段知覚しにくいことが浮き彫りになれば楽しいなという発想でしょうか。
水野:例えば「甘いラブソング」って慣用句がありますけど、「甘い」は味覚に使う言葉。でも、味覚で表現することでつながるなにかがある。その点、彩瀬さんの作品は、五感の間を揺れ動くのがシームレスで、比喩でも比喩と感じさせなくて生々しい。人間が花になるとか、読むというより肉体的な体験として文章を味わっている感じがします。
彩瀬:たぶん、錯覚を使っているんです。「甘いラブソング」の「甘い」であれば味覚だけでなく連想としてココアやケーキなど物体のイメージが付随する。ココアならばトロッとしているとか、ケーキならば舌で潰れるほど柔らかいとか、そうした五感と、物語内で描きたい恋の感覚に重なる部分があれば、その錯覚を使って一気に飛べる。
水野:作詞家の松井五郎さんが、体で鳴る言葉がある、意味だけでなく言葉と肉体的な感覚がシームレスにつながるといい歌になるとよくおっしゃっているんです。
彩瀬:わかる気がします。リズムを崩さないため、正確な意味ではなくても、この表現にしておこうということがあります。
水野:歌はリズムとメロディの世界観を大事にするのが当たり前ですけど、落語や講談を好きで聞いていると、ほぼ歌だなと思ったりします。『M-1グランプリ』に出ているような芸人さんの漫才でも、うまい方は何度もやった話を初めてのように聞かせられる。それは、リズムによる気がします。
――『OTOGIBANASHI』では、まず作家の方に詞を書いてもらって、曲を作る過程で手直しもあったと思いますが、どのように判断していくんですか。
水野:『OTOGIBANASHI』では全作、詞先だったんです。カッコつけた言い方ですけど、詞先というのはたぶん、メロディがもうあるものなんです。それこそ彩瀬さんの「光る野原」は文字数も揃えてくださって、メロディがもうあるみたいだったから、そこに身を寄せる感覚で作りました。
――今回の『おもいでがまっている』に関しては、橋本愛さんが作詞して「ただ いま」という曲になりました。
水野:ひどいオファーをしました。まだ小説が書けていなくて、プロットだけを渡して書いてもらったんです。口説き文句としては、「HIROBA」はお互いの表現が絡み合って立体的なものができるのが意図だから、普通のタイアップみたいに小説ができました、その作品に詞だけ書いてくださいというのではつまらない。創作の始まりから一緒にいてほしい、物語から離れてもいいから今思うことをどんどん入れてくれと話して。そうしたら面白がってくれたんです。橋本さんは物語を意識しながら、「ただいま」と「ただ今」をあわせた詞を書いてくださった。この小説には、過去にとらわれているとか未来を待っているとか、今を生きられていない人物が登場します。彼らが、今に立ち返る。また、僕たちが生活する世界もなかなか今に立ち返るのは難しい。そこを書いてもらうことで曲になりました。
彩瀬:ポップスは空欄が重要ということに比べて、「HIROBA」の活動は詞先のこともあり、世界が投げ渡されてから立ち上げなければいけない。作り方や作る時の心持ちの違いはどうですか。
水野:空欄を作ろうとする段階で作為があるし、エゴがある。偶然性も生まれづらい。だけど、他者の詞が先だと、僕の作為や必然性だけでは物語が完成しない。僕は起こっている現象の一部になれるんです。それが面白いし、何か現象を作りたいんです。いきものがかりにはずっと陥っているジレンマがあって、自分を失いたいのに自分が出てしまう。いきものがかりとして作品を出すと、水野はこう考えているんじゃないかととらえられるし、実際そういう部分もあるんだけど、“詠み人知らず”になることはできないかと思ったんです。その一つの手段というか方法論として出会えたのが「HIROBA」で、要は群像劇だと思うんです。いろんな創作者が入って、みんな去っていくけど作品と場だけは残る。作品には創作者たちの血や匂い、人生の一瞬が入って強い記名性があるけど、結果的に詠み人知らずに近づくんじゃないか、と。まだ、答えは出ていないですけど。
彩瀬:水野さんの小説2作を拝読して空間へのこだわりをお持ちだと思いました。『幸せのままで、死んでくれ』は、家族はいるけど互いの着ぐるみを大切にしているから本当の自己が開示される場所がないことが、主人公の苦悩になっている。『おもいでがまっている』は、空間を守るために中身を追い出してしまって、空間になかば囚われる。自分の個の能力を商品価値として提供しなければいることが許されない、そんな強迫観念が、私たちにはあるじゃないですか。でも、やり続けるのは難しいことで、「HIROBA」の試みは、それを一旦やめにする試みかなと見ていました。
水野:エンタメ作品の責任や賞賛がすべて個人に帰結する形が、すごく嫌だったんです。スターが生まれて、その人がすごいってことになるのが、どこかつまらないし、どこかつらい。もうちょっと個人と個人の間が曖昧なものがいいんじゃないか。落語家や歌舞伎の方が襲名されるでしょう。その名跡には名跡なりのイメージがあって、それが代によって変わっていく。名跡も場所ですし、それを「HIROBA」でやりたいんです。
――2月に「HIROBA」初のフルアルバム『HIROBA』がリリースされましたが、3月18日には様々なアーティストが出演して『HIROBA FES 2022×2023 –FINALE! UTAI×BA−』が開催されます(※取材は3月上旬。ライブは盛況で終了)
水野:「HIROBA」に関しては、いったんここで区切りにしようかと思って「FINALE」とつけました。これまでご縁があったみなさん、参加してくださったアーティストたちには本当に感謝していて、いいライブにしたいと思っています。
――いったん区切りということは、完全にやめるわけでは……。
水野:やめられなくなってきちゃって(笑)。
――場所だから、あれば帰れる。
彩瀬:持続可能な、ということですね。
水野:引き続き、いろんな方のお話を聞いていこうかなと思います。やっぱり、自分はすごく楽しいので。
※1:https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000357273
※2:https://note.com/hiroba_official/n/neeacdaebae3a
※3:https://www.shinchosha.co.jp/book/331965/
■書籍情報
『おもいでがまっている』
著者:清志まれ
出版社:文藝春秋
発売日:2023年3月22日(水)
定価:1,760 円(税込)
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163916736
『OTOGIBANASHI』
出版社:講談社
発売日:2021年10月28日
定価:3,520円
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000357273
収録作品
<小説>
「みちくさ」彩瀬まる
「南極に咲く花へ」宮内悠介
「透明稼業」最果タヒ
「星野先生の宿題」重松清
「Lunar rainbow」皆川博子
<楽曲>
「光る野原」彩瀬まる×伊藤沙莉×横山裕章
「南極に咲く花へ」宮内悠介×坂本真綾×江口亮
「透明稼業」最果タヒ×崎山蒼志×長谷川白紙
「ステラ2021」重松清×柄本祐×トオミヨウ
「哀歌」皆川博子×吉澤嘉代子×世武裕子
作曲・Project Produce 水野良樹
水野良樹が“清志まれ“名義で手掛けるデビュー小説
『幸せのままで、死んでくれ』
著者:清志まれ
出版社:文藝春秋
発売日:2022年03月10日
定価:1,870円(税込)
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163915104
■リリース情報
2023年2月15日(水)発売
『HIROBA』
初回仕様限定盤[CD+BD]
ESCL-5728~9 ¥4,180(税込)
・三方背スリーブケース仕様(初回仕様のみ)
購入はこちら:https://erj.lnk.to/Hdz67a
収録内容
[Disc1:CD]
01.ただ いま (with 橋本愛)
02.透明稼業 (feat. 最果タヒ, 崎山蒼志 & 長谷川白紙)
03.哀歌 (feat. 皆川博子, 吉澤嘉代子 & 世武裕子)
04.光る野原 (feat. 彩瀬まる, 伊藤沙莉 & 横山裕章)
05.ふたたび (with 大塚 愛)
06.幸せのままで、死んでくれ
07.僕は君を問わない (with 高橋 優)
08.ステラ2021 (feat. 重松清, 柄本佑 & トオミヨウ)
09.I
10.南極に咲く花へ (feat. 宮内悠介, 坂本真綾 & 江口亮)
11.凪 (with 高橋優)
12.YOU (with 小田和正)
13.星屑のバトン
[Disc2:Blu-ray]
01.ただ いま (with 橋本愛) Music Video
02.ふたたび (with 大塚 愛) Music Video
03.Making of HIROBA SONGS
店舗別購入特典
HIROBA応援店…オリジナルしおり
Sony Music Shop…オリジナルアナザージャケット
HMV全店(HMV&BOOKS online含む/一部店舗を除く)…オリジナルA5クリアファイル
Amazon.co.jp…Amazon.co.jp限定イベント申込用デジタルシリアルコード+メガジャケ / メガジャケ
楽天ブックス…オリジナル缶バッジ
セブンネットショッピング…オリジナルミニスマホスタンドキーホルダー
※数に限りがありますので、なくなり次第終了となります。
※上記店舗以外での配布はございません。
※各オンラインショップにつきまして、カートが公開されるまでに時間がかかる場合がございます。
※Amazon.co.jp、楽天ブックス、その他一部オンラインショップでは「特典対象商品ページ」と「特典非対象商品ページ」がございます。予約の際は、希望される商品ページであることをご確認ください。
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Amazon HIROBA 特集ページ:https://www.amazon.co.jp/hiroba
アルバム「HIROBA」キャンペーンページ:https://www.sonymusic.co.jp/event/103066
アルバム「HIROBA」全曲試聴トレーラー:https://youtu.be/ADtD86ZpKjc