菊地成孔が語り尽くす、Q/N/Kとオーニソロジーの同時制作 ラディカルな意志のスタイルズ始動の経緯も

菊地成孔、Q/N/Kとオーニソロジーの制作

オーニソロジーとQ/N/Kの制作の違い

——3年間、作品に至らなかったのはなぜですか?

菊地:細かいことを言えばキリがないけど、世の中はタイミングが全てだし、僕はありきたりな運命論者なんで。ただ、SSW(シンガーソングライター)というのはどうしても波があって、いい曲が続けて出てくることもあれば、出ない時期もある。今は“いい曲ができたら配信”という時代だけど、僕らの世代のプロデューサーのSSWとの接し方は、“いくつかいい曲ができたら、まとめてミニアルバムかフルアルバムにする”なんですよ。辻村くんもそうで、しばらく待っていたらーー僕は「いい曲書けよ」とハッパをかけたりしないのでーーあるとき、突如として「出してくる曲がぜんぶいい」という状態になって、6曲そろった時点で「よし、今が時だ。これを録ろう」と。彼は(地元の)奈良にいるときにジャズギターの先生についてコードワークを学んでいるので、コード進行やメロディのリテラシーがめちゃくちゃ高いんです。僕に習ったんじゃない。特にコーラスワーク。主メロにハモリを付けるくらいは誰でもやるけど、コーラス隊のようなハーモニーパートをひとりで構築できるスキルがありますね。あれは特にすごいね。歌声に色気と独自性があるシンガーにあのスキルがあるのって、オーバー(グラウンダー)しか知らないけど。

——QNさんとの制作とはまったく違うんですね。

菊地:2人とも天才ですが、音楽性も人間性も住んでいる場所も、すべて正反対なんで、「同じバンドで演奏したら面白い」と、誰だって思ったんじゃないかな。QNとのバンド録音は全部僕が面倒見なくちゃいけないので、アレンジャーとしての仕事をしっかりやりました。辻村くんとは、2人で小さいスタジオ入ってリハーモナイズ(コードの付け替え)して、アレンジ共同でやって。P(プロデューサー)として一番腐心したのは歌詞でしたね。SSWの人の作詞は、否が応でもリアルライフが入ってくるんで、「ここだけプライベートでしょ?」というポイントがあるんですよ。そこだけ、当人にしかわからない。でもその部分がどこか、当人にはわからない(笑)。なので、それを検出して、書き直して、ワード単位からヴァース単位までやって、歌詞のテーマ自体が事後的に発生したりもします。それをしっかりやって、万端整ったので、メンバーを音響ハウス(レコーディングスタジオ)に集めて、「3日間で2アーティスト分のレコーディングをやります。メンバーは同じで、プロダクツは2つです」と。

 ドラムは(坪口昌恭が主宰、菊地も参加するエレクトロジャズユニット)東京ザヴィヌルバッハ・リユニオンでも叩いてくれた守真人くん。ベースは僕の新しいバンド・ラディカルな意志のスタイルズにも参加しているYuki Atoriくん。ギターは藤井風さん等にも関わっている小川翔さんで、ピアノは過去何度かレコーディングにお呼びしたこともあり、最近はKIRINJI等もやっている宮川純さん。あの世代のいちばんデキる人たちが集まったスーパーバンドですよ。まあ、「あの世代」って言っても、僕、人の年齢全く覚えないんで(笑)。くくっちゃダメなんですけどね(笑)。Atoriくんなんかは、飛び抜けて若いでしょうね、おそらく(笑)。

——そこですべてのタイミングが合致した、と。

菊地:そうですね。2021年の終わりから2022年のはじめにかけて、オーニソロジー、Q/N/K、「新音楽制作工房」がほぼ同時に立ち上がったので。ちゃんとコロナに対応してるんですよ、しっかり罹患したし(笑)。ただ、気がつけば、ですけど、アーティストもバンドもミキサーも全員、男性だったんです。男子校みたいな雰囲気で、いやもう、本当にやりづらいやりづらい(笑)。もちろんそれは彼らの楽曲やメンバーのプレイがどうのこうのではなく、僕は基本的に、私がプロデューサーですというときは、扱うのは女性ボーカルばっかりだったんです。UAさん、カヒミ・カリィさん、菊地凛子さん、モノンクル(吉田沙良)、けもの(青羊)、市川愛さん。小田朋美さんの『シャーマン狩り』も共同プロデュースしてますし、SPANK HAPPY、FINAL SPANK HAPPYもそう。『夜電波』のコントも、女性のアナウンサーとしかしてないと思います。

 僕は(千葉県)銚子の歓楽街で育ったので、水商売の女性が活躍する姿をずっと見て育ちました。男はただ黙って仕事するか、喧嘩して大暴れするかだけで(笑)。実家も女系で。なので今も女性と話す方がラクなんです。女性ボーカルばかりプロデュースしてるから「モテるでしょう?」みたいなシンプルなこと言われたりすることもあるんですが、そうじゃなくて、ただ単に、パワフルに仕事して生きてる女の人に懐かしさっていうか、親しみがあるだけなんです。男性と一緒だとすごい緊張するんですよ(笑)。オーニソロジーの『101』をプロデュースしたときも、作り終えたときはヘトヘトになっちゃって(笑)。

——なるほど(笑)。

菊地:以前、ピアニストの南博さん、トランぺッターの類家心平くんの作品をプロデュースしたことがあるんだけど、彼らはジャズだから、とりあえず演奏してもらって、あとはエディットするだけでできてしまう。ポピュラーミュージックの場合は、アレンジもやるし、歌詞をブラッシュアップしたり、MVからビジュアル全部やるんで仕事が増えるんですよね。だけどTABOOレーベルも終わり、女性と仕事するのも、もういいかなというか、ひと段落な気分になって。まずはオーニソロジーとQ/N/Kをきっちりやらないといけないな、と。それが2021年の暮れですね。

——結果的にはオーニソロジーの『食卓』が11月にリリース。Q/N/Kとしては昨年末に「TOLD ME」がドロップされ、この後アルバムが発表されることになっているとか。

Q/N/K-TOLD ME(official Video)
オーニソロジー - 食卓(official video)

菊地:はい。『食卓』は2022年の夏くらいに完成したんですが、「リリースもQ/N/Kのアルバムと一緒にしたら面白いんじゃないか」と余計なアイデアが肥大しちゃって(笑)。ところがQ/N/Kのアルバムが一向に進まなくなって。さっきも言ったようにQNとは、バンドセットと「新音楽制作工房」のメンバーが作ったビートのバイウェイスタイルで制作しようと思ってたんですが、まず「新音楽制作工房」にビートを依頼したら、なんだかんだでヤバいのが50曲以上集まって。それを15曲くらいに絞って、QNと僕で「これは絶対やりたい」というビートを3曲ずつ選んだんです。ただ、今のQNはラッパーというよりシンガーのモードだから、彼がシンガーとしてメロディを歌って、僕が間奏のラップを8小節やるという「逆だろう、それは」という曲もあって(笑)。

 さらにQNはスーパーマイペースで、1〜2カ月くらい連絡が取れなくなったりするんですよ。ゲストラッパーの没くん(Dos Monos)、フィメールラッパーのMFSさんにもオファーして、参加してくれることになったんだけど、QNのマイペースに僕のマイペースが食らい付いちゃって、ダブルマイペースになって(笑)。QN監督で、ちゃんとスタッフ入れて彼が段取ってくれたMVの撮影場所に僕がたどりつけなかったりね(笑)。「あと1年ぐらい寝かせても大丈夫かな(笑)」とか思い出した途端に、ガンガン制作が進んで。これはMVの監督を、全く面識ない方だけにすると上手く行く、という天啓を受けて(笑)、それを実行したら、そのまま推進力になりました。『食卓』のMVはどれも本当に素晴らしいし、「TOLD ME」のMVはメキシコから届くことになって、びっくりした。MVの量産とクオリティが音楽作品を引っ張った形とも言えます。なんかあるんでしょうね、因果関係が。Q/N/Kも近々にアルバム単位でお届けします。

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