INORAN、ソロデビュー25周年に残したアコースティックライブの空気 楽曲との“信頼関係”が生み出す対話のようなリアレンジ
「もっと俺を、私をアレンジしてよ!」と曲に呼ばれる感覚
──ここからは収録曲についてお話を聞いていきます。先ほど、リズムがキモになるような曲のリアレンジは難しかったとおっしゃっていましたが、今作では「raize」のようにヒップホップのテイストを含む楽曲もピアノとストリングスを使って生まれ変わっています。こういうタイプの楽曲を再構築する際に、こだわったポイントはどういったところでしょう?
INORAN:「raize」とか「Daylight」、「千年花」もそうなんですけど、「もっと俺を、私をアレンジしてよ!」と曲が呼ぶんですよね。それで「もっといじっちゃっていいの? もっといろんなところに連れていっちゃっていいの?」「いいよ、いいよ!」みたいな感じで、アレンジを進めていくというか。感覚的な話になっちゃいますけど。
──それは、原曲を発表してある程度時間が経ったからこそなんでしょうか?
INORAN:それは曲によるのかな。だから、このアルバムに収録されている曲は、わりとそういうタイプだったんじゃないかと。
──曲に呼ばれたような?
INORAN:うん。だから、「なんでこういうふうにしようと思ったんですか?」という質問に対しては、こう答えるしかないというか(笑)。もちろん本当に会話をしているわけではなくて、その曲を愛でてきたことで、演者と曲との間に確たる信頼関係が生まれるからこそリアレンジができるのかも。
──なるほど。それにしても、「千年花」のオープニングのアレンジなどには驚かされました。
INORAN:これも、今だからこそのアレンジなんでしょうね。
──セルフカバーという観点でいうと、20周年のタイミングに制作したアルバム『INTENSE/MELLOW』(2017年)とはまた違った感覚なんでしょうか?
INORAN:『INTENSE/MELLOW』は自分の中でもうちょっと企画っぽかったというか。やっぱり今回は、Billboardでずっとライブを重ねてきて、成長した思いをアルバムに乗せているので。その活動を総括してこのアルバムを作って、また次に進んでいくという点でも、ちょっと違うのかな。
──特にここ数作はコロナの影響でINORANさんひとりでアルバム制作を行なっていましたが、こうして複数の人間で作り上げていく作品は久しぶりになっています。ライブで積み重ねてきた経験があったとはいえ、作品として残す上で今回のセッションはかなり大きなものだったんじゃないでしょうか?
INORAN:共有したものから生まれる、目に見えないものもたくさんありますし。そういう大事な要素だからこそ、音楽制作でも、その音楽をプレイする上でもそこは失いたくない。そういう意味でも、今回のレコーディングは本当に楽しかったですね。
──例えば、今回収録されたセッションの中で、自分からは出てこなかっただろうなというアイデアなど、驚きや印象に残っていることはありましたか?
INORAN:驚きはそんなにないですね。
──それは、Billboardでのライブ経験をすでに積み重ねていたから?
INORAN:そうですね。ただ、Billboardでの過去のライブセッションを聴き返す機会がそんなになかったので、その部分ではこのアルバムはすごく新鮮でした。
傳田真央は自分のチョイスする声の中にはなかった声の持ち主
──アルバムには傳田真央さんがゲスト参加しています。今春行われたファンクラブ限定アコースティックライブにもゲスト出演されていましたが、彼女と知り合うきっかけは?
INORAN:スタッフから「真央ちゃんと一緒に何かやってみない?」という提案があって。彼女は僕が今まで女性シンガーとデュエットしたりツインボーカルしたりという自分のチョイスする声の中にはなかった声の持ち主だったので、それも逆によかったですね。最初にライブで共演したときは楽しかったですよ。言い方が正しいかわからないですけど、掴みどころがなくて。今でもどこか掴みどころがないんですけど、それがまた良いサプライズを与えてくれましたね。
──傳田さんは今作に3曲参加しており、既存曲では「Fading Memory」で共演しています。
INORAN:これは歌詞の意味でも、男女ツインボーカルで表現したらまた違う味が出てくるなとひらめいて、選びました。
──加えて、今回はおふたりでシンディ・ローパーの代表曲「Time After Time」をカバーしています。
INORAN:たくさんの人に親しまれている、愛されている曲で、いろんな方がカバーしていて、僕もいつかカバーしてみたいなと思っていた曲のひとつで。こういう形で取り上げることで、みんなに楽しんでもらえたらなと思っています。例えば、サブスクで「Time After Time」と検索したときに、並んだリストの中に自分のカバーが入っていて、誰かが聴いてくれたらいいなと思いながら、原曲に対するリスペクトを込めてカバーしました。
──それをきっかけに、INORANさんのほかの楽曲にもたどりついて。
INORAN:うん。もちろんこの曲だけでもいいですし、自分の曲が聴き手に彩りを与えられたらうれしいですね。
──さらに、本作唯一の新曲「Glorious Sky(feat.Mao Denda)」でも傳田さんのボーカルがフィーチャーされています。
INORAN:Billboardでのセッションアルバムを作る中で、セルフカバーだけじゃなくて新しい曲があるという印象も欲しかったんです。なので、作詞を葉山くんにお願いして、真央ちゃんにも歌ってもらいました。
──リード曲としては久しぶりの日本語詞になります。
INORAN:それこそ10何年ぶりになるのかな? できた曲を葉山くんに渡して、彼のイメージで歌詞を書いてもらいました。このアルバムに含まれているほかの日本語の曲もそうなんだけど、今の自分で表現できるような言葉を伝えること……まあ、歌うというのはそういうことだと思うんですけど、喋るように歌うことを強く意識しましたね。
──それは英詞の楽曲を歌う際とは、異なる感覚なんでしょうか?
INORAN:全然違います。日本語で歌うときは喋るように歌いたいし、逆に日本語で喋るときは歌うように喋りたい。で、英詞というのはハミングに近いというか。楽しいときに鼻歌とか歌うでしょ? ああいう感じかな。
──なるほど。そんなアルバムが、INORANさんおひとりで制作した3枚のアルバムのあとの節目のタイミングに続くというのが、また興味深いといいますか。
INORAN:そうですね。だから、みんなにどう届くのか楽しみです。