米津玄師「POP SONG」にも抜擢 蔦谷好位置らも称賛する、音楽家・浦上想起がいま注目される理由とは?
米津玄師の新曲「POP SONG」で浦上想起がピアノを弾いているという話を聞いたとき、まさかの人選に驚く一方で、確かに妥当な起用だなと納得させられもした。浦上が活動を始めた直後の2019年4月には岸田繁(くるり)が「芸術と治療」を絶賛(※1)。蔦谷好位置は2020年のお気に入り曲プレイリスト(※2)に「とぼけた顔」を入れ、今年1月放送の『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系、以下『関ジャム』)2021年ベスト曲特集では「爆ぜる色彩」を5位に挙げている。米津玄師も自身のTwitterで昨年から浦上をフォローしており(2022年2月14日時点で15人しかいないフォロイーの一人)、今回の起用は、圧倒的な実力がすでに認められていたなかでの、ある意味当然の展開なのである。
浦上の音楽性を一言でいうならば、“鬼のように高度で、底抜けに楽しい”ということになるだろう。サブスク配信されている10数曲から入門編を一つ選んでくれと問われたら、自分は「どれでも大丈夫」と答える。100トラック超に及ぶ作り込みを鮮やかに解きほぐすアレンジと、隅々まで印象的な歌メロの配合が完璧で、とんでもなく複雑なのに一度聴けばすぐ耳に残る。2020年10月発表のミニアルバム『音楽と密談』は、キリンジの名盤である1stアルバム『ペイパードライヴァーズミュージック』にも並ぶ傑作であり、フランク・ザッパやエグベルト・ジスモンチのような変則的展開と、バート・バカラックやジョージ・ガーシュウィンにも通じる古典的風格と懐かしさ、だからこそ生まれる親しみやすさとが、徹底的に洗練されたかたちで両立されている。こうしたバランス感覚は、特に影響を受けた音楽家として名前を挙げるアラン・メンケン(ディズニー映画の作曲を多数担当)などから受け継いだものでもあるのだろう。
「芸術と治療」一つとってみても、7+8拍子(15の割り方としては8+7に比べ稀)を快適に聴かせる圧倒的な演奏およびビートメイク、輝かしい歓びと哀しみがないまぜになって湧き上がってくる雰囲気の表現など、あらゆる要素が本当に素晴らしい。「新映画天国」の、楽しさや温かさの奥底に胸をかきむしる希求がある様子と、そうした重層的なニュアンスがしっかり伝わる仕上がりにならなければOKを出さないセルフプロデュースの美意識をみても、この人には複雑な楽曲構造に見合った表現意欲があり、それを損なわずわかりやすく伝えようとした結果生まれたのがこのスタイルであることを感じる。聴き手の耳を一発で掴むガード不能の訴求力と、引き込みいつまでも酔わせてしまえる奥行きの深さ。浦上の音楽は、どれほど舐めてもなくならない爽やかなキャンディのようであり、ライトなリスナーもマニアも分け隔てなく惹き込む魅力に満ちている。その双方にアピールすることを志す同業者に好まれるのは、とても自然な成り行きなのだと思う。
上記のことに加え、浦上がこのタイミングで注目される背景には、近年の日本のポップミュージックにおける音楽観の更新も関係しているように思われる。例えば、『関ジャム』でコード進行の解説を担当することが多い蔦谷は、2021年5月に「星野源 / 不思議 ヒゲダン / Cry Baby 浦上想起 / 爆ぜる色彩 この3曲を同じ世界線でループしてずっと聴ける(おれの中で)」とツイートしている。「不思議」はジェイコブ・コリアー以降の和声感覚でスティーヴィー・ワンダーを再構築したような凄まじい仕上がりだし(これを『紅白』でやったのは本当に見事)、「Cry Baby」も「爆ぜる色彩」もそれぞれ異なるタイプの高度な構造を繰り広げている。こうした楽曲群が誰の目にも届くくらいメジャーなところから現れ続けているのを見ると、2000年頃のJ-POPにおける機能和声的な洗練の極致(冨田ラボの活躍など)を踏まえた上で、フュージョン的定型にはまることも多かったそれらとは別の、近年のジャズや南米音楽を参照しながら優れた個性を確立する流れが、昨今の日本のポップスに出来つつあり、そう仕掛けられているようにも思われる。これはKIRINJIが昨年末にリリースした傑作『crepuscular』にもみられた傾向である。20年以上活動しているベテランが用いる南米的和声感覚の源泉が更新され、それにつれて独自の個性も深化している様子は、上記のようなシーンの傾向と相通じるものでもあるだろう。