すいそうぐらし、歪でストレートな恋心が幅広い共感を得る理由 懐かしさと新しさを兼ね備えた令和歌謡に

 コンポーザー s-num、ボーカル Eyeという布陣で、2020年12月から開始したプロジェクト、すいそうぐらし。「令和歌謡」を音楽性のテーマに掲げ、プロモーションをほとんどしていないにもかかわらず、曲のリリースを重ねるたびに着実にファンを増やす彼らの楽曲はどのようなものなのだろうか。

 すいそうぐらしがモチーフとして扱うのはズバリ、「うまくいかない切ない恋」だ。1stシングル曲「嘘でも好きって。」は、見込みのない相手に仕掛ける駆け引きの虚しさを、2ndシングル曲「それでも好きだよ。」は成就しなかった恋の相手への色褪せてくれない想いを描いた楽曲。どちらもタイトルからわかる通り、縋るような切なさがこもっており、それをEyeの、涼やかだがどこか色気のあるボーカルが歌い上げる。歌詞の言葉選びも特徴的で、〈肩がはだけた私の頬は赤〉(「嘘でも好きって。」)、〈シワになった ワンピース〉〈濡れた髪で走る〉(「それでも好きだよ。」)などのフレーズには、生々しいほどリアルな肌感がある。

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すいそうぐらし「それでも好きだよ。」 Official Music Video

 恋に落ちるのは簡単で、それを成就させるのは難しい。「歌謡曲」と言われてまっ先に頭に浮かぶのは昭和歌謡だが、時代が昭和から令和に移り変わろうとも、恋愛に振り回されるのは人の常だ。不変のテーマである恋情を、ウェットな単語で織り込んだ叙情的な歌詞はどこか懐かしさを帯びている。その一方で、メロディアスなキーボードを中心に打ち込みを駆使したサウンドはスタイリッシュで、音楽トレンドの中心になりつつあるネット発アーティストの系譜を押さえている。曲中に出てくる〈携帯〉や〈LINE〉などの言葉も、時代によるコミュニケーションの変化を反映しており、懐かしさと新しさ、2つが組み合わさったすいそうぐらしの音楽は、正しく「令和歌謡」と言えるだろう。

 そんなすいそうぐらしが9月にリリースした3曲目が、「私だけが好きだった。」。別れた相手への未練を消せない連絡先に重ね合わせて綴った、爽やかでポップな曲調の中にも切なさが滲む1曲だ。〈「連絡先、消すね」〉という、冒頭のセリフ調のフレーズには、自身の経験と重なって、ドキッとさせられた人もいるのではないだろうか。また、この曲は、140文字の小説家としてTwitterで話題になった神田澪の小説『delete』をもとにしており、TikTok内の「エモい」「ナツコイ」という2つのプレイリストにセレクトされたことにも後押しされ、今までにない速度で再生回数を伸ばしている。特に、TikTokにおいては1stシングルの6倍、2ndシングルの3倍の再生数を記録している。この著しい成長の要因は何だったのか。

すいそうぐらし「私だけが好きだった。」 Official Music Video

 「小説からインスパイアされて曲を制作する」と聞いて、YOASOBIが思い浮かんだ人もいるかもしれない。彼らを含むネット発アーティストは、もともと漫画やアニメ、小説、ゲームなど、物語性のあるカルチャーとの親和性が高い。曲中に込められたストーリー性を考察したり、楽曲から入って小説を読む、あるいは小説を先に知って楽曲を聴くことで、作品に深掘りのしがいがあることも、注目が集まった理由の一つと考えられる。また、TikTokの隆盛を見てもわかるように、昨今、長尺のものは敬遠され、より短い時間で高いエンターテインメント性を提供するコンテンツが好まれる傾向にある。今回、「私だけが好きだった。」の原案となった『delete』が、コンパクトを極めた140文字の超短編小説であることも、今の視聴者のニーズとマッチしていたのかもしれない。

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