崎山蒼志が積み上げてきた音や人との繋がり 軌跡を凝縮した一夜を観て
9月22日にEX THEATER ROPPONGIにて開催された、崎山蒼志『「嘘じゃない」Release One-Man Live』。1時間半弱という凝縮された時間の中で次々と繰り広げられていく楽曲を聴いていて感じたのは、彼がこれまで積み上げてきたものの多方面さ、音や人との繋がりの広さだった。
一人ステージに現れ、静かにギターを構えた崎山がこの日最初に演奏したのは「過剰/異常」。音源ではリーガルリリーを迎えているが、今回は崎山の声のみで歌われる。アコギの太く切れ味のいい音と、淡々とした佇まいから発せられる歌声が同じ強度で絡み合う。パーカッシブな演奏も含めた自在なギターさばきは、時折アレンジを加えられながらヒートアップする。「塔と海」のアウトロでの高速ストロークは飲み込まれるような迫力だ。畳みかけるような演奏とは裏腹に淡々としているように見える崎山の姿には貫禄さえ感じる。崎山の感情的な部分は歌や表情や振る舞いよりも、ギターによって担われているのだろう。それほど崎山とギターの距離は近い。
短く挨拶をし、半分照れたように「楽しんでいってください」と会釈した崎山は「ろうそく」を演奏。音の強弱だけではなく、発音の仕方や一音ごとのリズムによって抑揚を生じさせる歌唱は、“歌う”だけではなく、“話す”、“詠む”も含めた混合物であるようにも思える。作詞は作曲と同時に行うことが多いと語っていたこともある崎山。音程、メロディと言葉の近さが楽曲から感じることができる。都度言葉のつなげ方や語尾の切り方、母音の強調の仕方が変わる歌唱は、よく知った楽曲であるにもかかわらず次にどのようなアプローチが来るのか聞き入ってしまう新鮮さだ。
同期が使われた「24」では広々とした音の配置に空間が広がったような感覚に陥る。ギターを置いた崎山は、同期で流れる自身の歌声に時に歌唱を譲り、ときに声を重ねる。身体を揺らしながら広いステージに一人、自身の声に耳を傾ける様子は異様であり、しかし楽しそうで、自身の楽曲で実験を行っているようにも見えた。自身の声と歌ったのちには、諭吉佳作/menの歌声がバックで流れる共作の「むげん・」を披露。他の音に共鳴させるように震える声や、決まり切った音程から解放される崎山の歌唱。そして、打ち込みや収録の声といった、揺らぐことのない音。これがステージ上で混ざることで、崎山の演奏の生命観が強調されるようだった。
バンドメンバーが静かにステージに加わると「潜水」を披露。音源でコラボした君島大空による重層なサウンドがすさまじい迫力で押し寄せる。スネアとタムの存在感が強いドラム、生々しく動くベース、シューゲイズを彷彿とさせるシンセ。バックバンドの3人はパワフルという言葉では到底足りない、血がたぎるような演奏をしていたが、その中心にはいつも整然とした崎山がいる。
言葉数が多く切迫感のある「逆行」から、バンドは「find fuse in youth」に続く。ライブ序盤でアコギが担っていた感情的な部分はバンド全体が担うようになる。低音やパーカッシブな演奏はドラムによって引っ張られ、ベースで支えられる。メロディアスな部分と装飾はキーボードが担うことで、上品ながらも妖しげな雰囲気も足される。それぞれの楽器によって役割が分けられることで、崎山の感情や表現は拡張されるのだ。その流れで披露される「Undulation」「Samidare」といった“再定義シリーズ”は、音源でされた再定義をまた新たに再定義しなおすような、生命力のあるものだ。音量よりも音数、音符数で抑揚をつけた演奏は、緩急がありながらいつも生き生きとしており、崎山の熱量を表現しているようでもある。圧倒的なプレイと、それに情景や具体的な感情を加えていく崎山の歌唱にただただ圧巻されるほかない。