中村佳穂、他者との交歓によって躍動する「うた」 『竜とそばかすの姫』を機に考える“シンガーとしての説得力”

「ソロアーティスト」としての本質

中村佳穂『AINOU』

 そんな彼女のスタイルは音楽活動を開始した時点ですでに確立されていた。中村佳穂は京都精華大学に入学後の2012年に音楽活動を開始したとき、あえてバンドを組まずにソロで活動することを選んだ。その理由を彼女はこのように語る。

「自分がどこまでできるかわからないなかでスタートしてるのに、ずっと決まった人と合わせていると、知らない間に自分を囲ってしまったり、『このくらいがちょうどいい』みたいに、勝手に線引きをしてしまって、それ以上のスキルの出し方がわからなくなってしまうんじゃないかって。なので、『まずは1人でできるところまでやって、責任を持たなければいけない』と思って、最初は絶対ソロでやろうと思っていました」(※2)

 自らのスキルと音楽の可能性を広げる試みとしてソロアーティスト・中村佳穂は誕生した。その言葉通り、全国のミュージシャンたちとセッションを重ねることで、自らの可能性を広げていった。もとも、中高生時代に吹奏楽部に所属していたころから「人間ジューク・ボックス」と称して即興演奏を好んでいた彼女にとって、ソロアーティストであっても、ほかのミュージシャンたちと音を鳴らすことに喜びを見出してきたのであろう。そして、その延長線上に、楽曲や作品が生まれていった。

 中村佳穂の名前が全国的に注目を浴びるきっかけになった2018年の2ndアルバム『AINOU』では、前述の中村佳穂BANDのメンバーやCRCK/LCKSの石若駿(Dr)や小西遼(Sax/Vocoder/Key)などのミュージシャンたちが生み出す多彩なサウンドのなかで彼女の声は凛と立つ。

 なかでも「忘れっぽい天使」と「そのいのち」は、アルバムのリリース前に行われたワンマンライブ『SING US @三軒茶屋GRAPEFRUIT MOON』において、観客とともに録音した音源が使用されている。

中村佳穂  SING US "忘れっぽい天使 / そのいのち" (live ver)

 中村佳穂の「うた」に導かれるように、観客の温かいコーラスが重なっているさまが印象的だ(ちなみにこの映像で細田守は中村佳穂を知ったというが、劇中でこのライブを彷彿とさせるかのように歌声が重なるシーンがあるのは偶然ではないだろう/※3)。

 こうしたことからも、彼女は一貫してソロアーティストとして自らの「うた」に責任を持ちながらも、他のミュージシャン、あるいは観客と響き合うことを求めてきたことがわかるだろう。自身の確固たる「うた」を、自分以外の誰かとともに鳴らすこと。これこそが、中村佳穂の説得力の源泉なのではないだろうか。

『竜とそばかすの姫』を駆動する中村佳穂の「うた」

 『竜とそばかすの姫』本編は、まさに中村佳穂の音楽観が反映されているかのように「うた」を他者に共有することで物語が駆動していく。そしてそのことは、すでに配信されている劇中歌やサウンドトラックからもうかがい知ることができる。

 作品のオープニングを飾る「U」では、常田大希率いるmillennium paradeによる過剰なまでに祝祭的な演奏のなかで、中村の声が響く。ストリングスやホーン、パーカッションのけたたましいまでの音のなかでも彼女の「うた」は埋もれず楽曲をリードし、歌い終わると同時に演奏が止まるアレンジは大スクリーンにふさわしいカタルシスを生み出す。

millennium parade - U

 あるいは予告編でも流れていた「歌よ」は、主人公のすずがベルとして初めて歌った楽曲だ。前述の通り、Aメロ、Bメロ、サビにかけてか細い声が開放的で伸びやかな声に変化していく過程は、いままで現実世界で歌えなかったすずが、だんだんと自らの声の可能性を確信する姿を「うた」によって表現している。

 そして、作中の重要なシーンで歌われる2曲。「心のそばに」と「はなればなれの君へ」は、フィクションのなかの登場人物に向けられた歌でありながら、語りかけるような切実な息遣いと、ストリングスのなかでもはっきりと響く強い声に胸を打たれる。サウンドトラックを聴くだけでも中村佳穂のシンガーとしての魅力を味わうことができるが、この「うた」が作中でどのように作用しているかは劇場でぜひ確かめてほしい。

映画『竜とそばかすの姫』劇中歌/Belle【心のそばに】MV
映画『竜とそばかすの姫』劇中歌/Belle【はなればなれの君へ Part1】MV

 『竜とそばかすの姫』は上映3週間を経て、全国映画動員ランキング3週連続1位を獲得し、興行収入は33億円を突破した。まさに夏休み映画として大成功を収めている本作だが、中村佳穂自身も秋には初の全国ツアーを控えている。

 1年9カ月ぶりとなった新曲「アイミル」を聴くだけでその期待は高まるが、それを上回るように「2021年の下半期は中村佳穂の『うた』が全国に響いた年」として、のちのち記憶される予感がする。

※1:https://kompass.cinra.net/article/202107-ryutosobakasu_hrstm
※2:https://www.cinra.net/interview/201811-nakamurakaho
※3:https://www.cinra.net/interview/202107-ryutosobakasu_ymmtscl

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