中村佳穂、他者との交歓によって躍動する「うた」 『竜とそばかすの姫』を機に考える“シンガーとしての説得力”

『竜とそばかすの姫』の制作陣が感じた「説得力」

 4月2日に『竜とそばかすの姫』の第一弾予告編が発表されたとき、多くの視聴者はその映像で流れる歌声に衝撃を受けたことであろう。

『竜とそばかすの姫』予告1【2021年7月16日(金)公開】

 繊細に言葉を紡いでいく歌い出しから、「ない」「がい」「たい」という韻に収斂されるゆらめくようなフロウ。そして〈歌よ導いて!〉というフレーズを起点に、ストリングスとともに凄みを増す歌声。わずか1分6秒の予告動画でありながら、何度もリピートしてしまうほどの魅力と興奮がそこにはあった。

 その時点では歌声の主は明かされていなかったものの、すぐにあるひとりのシンガーの名前がSNS上では挙げられていた。2カ月後、主人公のすず(ベル)の声と歌を務めるのが中村佳穂であることが発表されると、予想が確信に変わった喜びの声とともに、大きな反響が巻き起こった。

Belle「歌よ」

 初めて全国上映のアニメーション映画の主題歌を担当するのみならず、声優初挑戦ながら主演を務めるという大胆な起用を「大抜擢」と呼ぶ声もある。しかし、本作のストーリーを知り予告編を観た時点で、彼女が主演と主題歌を務めるのは必然があるように思えた。

 中村を起用した理由を、本作で「ミュージックスーパーヴァイザー」を務めた千陽崇之はこう語っている。

「監督がずっと言っていた『ベル』の歌というのがどういうものなのか、音楽をつくっているぼくらにも、完全にはイメージできないところが正直あったんです。でも、中村さんが歌った瞬間に『あ、こういうことだったのか』ってみんなが思った。細田監督も『すず / ベルそのものだった』と言っていましたね。それくらい、説得力のある歌声だったんです」(※1)

 監督の細田守や千陽をはじめとした制作スタッフが感じた「説得力」。言うならば、劇中でインターネット空間“U”に集う50億人を圧倒的な歌声で熱狂させ、そこを脅かそうとする「竜」の心をも開くという壮大な設定を、観客に違和感なく受け入れられるような声である。物語全体の核となり、支える強度を中村佳穂の歌声は持っていた。

 なぜ、彼女の声には「説得力」があるのだろうか。

映画『竜とそばかすの姫』劇中歌/Belle【歌よ】MV

中村佳穂の声はいつもグルーヴの中心にある

 筆者が中村佳穂のライブを初めて観たのは、2019年の『FUJI ROCK FESTIVAL』だった。その初日、朝11時にFIELD OF HEAVENというステージのトップバッターとして中村佳穂BANDは出演したのだが、5000人以上の観客が詰めかけるなかライブが始まると彼女はその日のステージに込めた想いを弾き語り、演奏をスタートしていたことを覚えている。

 全9曲、1時間のライブは圧巻だった。長年ともに演奏してきた、荒木正比呂(Key)、深谷雄一(Dr)、西田修大(Gt)、MASAHIRO KITAGAWA(Syn/Cho)という4人の名プレイヤーの演奏を統べるかのように、縦横無尽に歌声を響かせ、「アイアム主人公」のソロでは間奏のキメのカウントをアドリブで指示までしていた。

 このライブで抱いたのは「グルーヴの中心に中村佳穂の声がある」という感覚である。この感覚を理解するのに最適な曲が、フジロック出演直前の2019年7月にリリースされたシングル曲「LINDY」だ。

中村佳穂「LINDY」

 馬喰町バンドが参加したこの楽曲では、冒頭のプログレッシブなギターリフの上で、中村佳穂の声が加わる〈ハッとして〉という主旋律のフレーズや〈On and On〉と繰り返すコーラスがリズムを刻む。やがて、1分5秒過ぎからドラムンベースのようなドラムビートが重なり、豊かなグルーヴが生み出されていく。そして後半部(2分42秒)に祭囃しのパートが立ち現れ、〈全部あげる〉という彼女の繊細ながらも力強い声で大サビに突入する。

 この3点からもわかるように、熟練のプレイヤーたちによるスキルフルかつ多彩な展開を見せる演奏と、民謡と現代のポップスを融合させた楽曲を統べているのは、まぎれもなく中村佳穂の声なのである。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「アーティスト分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる