Siip、洗練された美しいサウンドで放つ希望 楽曲&MVから紐解く、謎に包まれた表現の“エピソード0”とは?
まったくのノンプロモーションながら、Spotify人気公式プレイリスト『New Music Friday』『Teen Culture』『Next Up』にリストインし、YouTubeでの再生回数が7月16日時点で55万回を突破したSiipの第3弾シングル「πανσπερμία」のミュージックビデオが話題となっている。一見読めないタイトルであり、海の奥底へとたゆたい舞い踊る、華麗なる水中映像美に注目が集まっているのだ。
Siipとは、特定のイメージを持たない神出鬼没のファントム(幻影)表現者。作詞作曲、アレンジ、ボーカル、演奏、プロデュースを手がける詳細不明のシンガーソングクリエイターだ。顔出しすることなく、自身が作品の意図を説明することもない。誤解を恐れずにいえば音楽シーンにおけるバンクシーのような存在だ。一点もののハンドペイント感覚によってクリエイションを広げ、ノンカテゴライズな歌を響かせながらインナートリップ・サウンドスケープを創出する。
前振りなく2021年6月25日に突如リリースされた「πανσπερμία」は、SpotifyやApple Music、LINE MUSICなどストリーミングサービスでは「Panspermia」とアルファベット表記されている。一つの楽曲に二つの言語からなる表記があるなど前代未聞だ。謎めいたキーワード“パンスペルミア”とは“宇宙汎種説”を意味するという。いわゆる生命起源論であり、「我々はどこからやってきて、どこへ向かっていくのか」ということだ。
YouTubeのコメント欄では、作品が持つ物語性の謎解き、そしてSiipが誰なのかの議論で持ちきりだ。そのハイトーンな歌声や繊細なる楽曲センス。清濁併せ呑むリリックの在り方から、とある著名アーティストの名前もうかがえるなど、鋭い考察が日々繰り広げられている。
楽曲「πανσπερμία」の歌詞における〈救われる人がいる/悲しみに呑まれてしまわぬ様に/幻想を描き綴っておこう/それを灯と呼ぼう〉という言葉通り、Siipとは救いなのだろうか。しかし、〈儚く眩しい世界なだけに/瓦礫に埋もれる愚かな殻に/生きゆく無常をただ知る度に/「美しさ」と呼ばずには居られない〉とも歌う。俯瞰した視点からのスケッチのような謎めいた言葉選び。〈繰り返さないように/初めてのフリをしよう〉という言葉には儚き本音が隠されているようだ。
神聖なるハイトーンボイスの裏に、歪んだゴーストボイスが重なり合うことも聴き逃せない。心に刻まれる、荘厳なる音のテクスチャー。時を刻むビートの繊細さ。洗練された自由度を持ち、上品で高貴な戯れ感、匿名性がありながらもポップかつアバンギャルドなサウンドを轟かせる。
本作は、実はSiipにとって物語のエピソード0となる重要ナンバーだという。エピソード1である「Cuz I」(1stデジタルシングル/2020年12月24日リリース)、エピソード2である「2」(2ndデジタルシングル/2021年2月12日リリース)、そして本作が折り重なることで、点と点がつながりひとつのストーリーが紡がれていく。“Siipサーガ”の誕生だ。そもそも“羊”= Siipという概念は、神話や宗教のイメージを彷彿とさせるアイコンである。なぜ、Siipが現世に降り立ちメッセージを問うのか。その答えを導くには、楽曲作品を紐解く必要がありそうだ。