ReoNaが必要としてくれる人達に向けて歌った18曲 過去と現在地を示した『unknown』ツアー最終公演

 あの日、ReoNaは大観衆を前に自身の半生を振り返り、幼少時代から現在までの“軌跡”という名のピースを一つひとつはめて、壮大なパズルを完成させた。これは4月29日、パシフィコ横浜 国立大ホールで開催された『ReoNa ONE-MAN Concert Tour “unknown”』最終公演の記録である。

 会場に到着して場内に入ると、即完したレアチケットを握りしめたマスク姿の観客が、本番を今か今かと待っていた。開演時間になり、薄暗いステージにバンドメンバーを従えて現れたReoNa。まずは「Untitled world」で幕を開けた。「初めてのアルバムツアー。あなたに用意されたその場所で、それぞれの空間での一対一。最後まで楽しんでいってね」と挨拶をして、2曲目は彼女の存在を世間に知らしめた「ANIMA」を披露。その後は人生初のオリジナル曲であり、17歳からの歩みを記した「怪物の詩」やAqua Timez「決意の朝に」のカバーなど、MCを挟みつつ楽曲を重ねていく。

 ライブは中盤に差し掛かっていた。「ここじゃない何処かに、ぶらり行ってみたいと思うことありませんか?」。ReoNaは優しく諭すように話し始めた。「見たことのない景色。誰も知っている人のいない街。誰も私を“私”として見ない場所。期待も罵りもされない場所。今抱えているものを全部置き去りにして逃げてしまえたら……そんな風に思ったことありませんか? 半歩先の世界へ、期待を抱いて飛び立った少女のお歌」。真っ暗なステージに、パッパッとふたつのスポットライトが灯った。ひとつはReoNaを照らし、もうひとつはなぜか誰もいない床を。「トウシンダイ -Acoustic ver.-」の演奏が始まると、彼女は誰もいないもうひとつのライトの下に向かって歌い出した。まるで、そこに誰かが立っているかのようにーー。

 ReoNaは少女時代、家にも学校にも自分の居場所がなかった。心の拠り所はネットの世界だけ。行き場のない気持ちを満たすことができず、ただ漠然と生きていた日々。この世界から抜け出したかった。あのスポットライトの灯りの中には、少女だった頃のReoNaが立っていたのかもしれない。現在と過去の彼女が対峙しているように見えた。

 ライブが終盤になると、ReoNaは手にかかえたアコースティックギターを大事そうに見つめた。それは18歳の夏に人生で初めて買ったギター・TaylorのGS Mini。「このギターを手にした一年後、神崎エルザ starring ReoNaとして初めて人前でお歌を披露しました。絶望系アニソンシンガー……ReoNaはその言葉を掲げてお歌を紡いでいます。自分は言葉にできないモヤモヤとか、苦しみを代わりに言葉にしてくれるアニメだったりお歌だったり、そんなものたちが大きな救いでした。だけど絶望にも色々とあって。名前のついているものはとっても分かりやすい。じゃあ、名前にすらないものに苦しめられている時は、どうやって癒やせば良いんだろう? 絶望に寄り添いたい。そんな想いを込めてつけたこの言葉。私を何度も何度も踏みにじってきたものたちも、口に出すことすら辛くて苦しかったものたちも、優しい音に包んで大切な形になりました。これは一人の女の子の紛れもない人生年表」。静かに照明が落ちて「絶望年表」の演奏が始まった。

 〈パパが私をぶつのは きっと 全部 愛でした〉、温かいギターの音色とは対照的に、少女の痛々しい心情がくっきりと浮かび上がる。〈ママが私を見ないのも きっと きっと全部 愛でした>、寂しさを重ね着していた10代のReoNa。〈ここじゃない場所を探して ここじゃないどこか覗くたびに どこにもいけないことに気づくだけ〉、彼女の優しい声が場内に響く。〈放り捨てられたランドセルと散らばった教科書 私も飛び降りたら あんな風にバラバラになるのかな〉、もういっそ、こんな人生を終えてしまおうと思った、あの頃。〈学校は嫌い だけど好きな場所があるわけじゃない お家の中は嫌い 名前のないどこかの誰かに なりたかった〉。ReoNaの歌う年表は、聴いていて胸が辛くなるような日常が浮き彫りになっていた。ただ、あの頃と違うのは、彼女の前にはReoNaを必要とする大勢の観客がいること。眩いライトに包まれて歌うその姿は、生きる力強さに満ちていた。

 その後コーラス隊やストリング奏者を加えて新曲「ないない」を初披露し、1stアルバム表題曲の「unknown」へ。来場した観客に感謝の気持ちを伝えたのち、再び語り始めた。「本当の自分って何なんでしょうか? それって誰が決めるんでしょうか?」。その瞬間、一斉に各楽器の音が重なった。友達の前で頑張っていい顔をする自分。先生の前で大人しく振る舞う自分。家族の前で取り留めのない話もできない無口な自分。果たして本当の“自分”はどこにいるのか。そうやって己を模索し葛藤する歌。〈本当の自分をさらけ出したら きっと壊されてしまう 怖い、怖い、怖い〉。センシティブでデリケートな心の叫びが、パシフィコ横浜にこだまする。

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