龍玄とし(Toshl)、絵を描くことで表現する未来への希望 「自分のなかで生きるパワーの源」
龍玄とし(Toshl)が昨年スタートさせた「プロジェクト運命」。その第5弾である『龍玄とし絵画展 運命 白の世界へ』が東京・上野の森美術館で開催中だ。この絵画展は、昨年開催された『龍玄とし EXHIBITION 運命 音の世界を、描く』の続編。前回が赤を基調とした世界だったのに対し、今回は白をベースに前向きな未来への希望を描いた絵画が展示されている。「プロジェクト運命」のコンセプト、『運命 白の世界へ』のテーマ、さらにアーティスト/シンガーとしての意識の変化などについて、Toshl自身に語ってもらった。(森朋之)
真っ白な気持ちで出発したかった
ーー“龍玄とし”として、2020年10月から始まった「プロジェクト運命」は、金沢21世紀美術館で開催された絵画展『龍玄とし EXHIBITION 運命 音の世界を、描く』、東京オペラシティコンサートホールで行われた『たった一人だけのコンサート 運命』など、絵画展、コンサートを軸に展開してきました。そもそも「プロジェクト運命」を始動させたのは、どういう理由だったんですか?
龍玄とし(Toshl):コロナ禍になって、日常生活も、さらには、エンターテインメントの世界も「これからどうなってしまうのか」という混乱に陥ってしまいました。決まっていた各地絵画展やコンサートも全てキャンセルとなってしまいました。しばらくは様子を見ながらも、時間が経つにつれ、氾濫する情報を自分なりに咀嚼し精査する中で、様々な不条理も感じるようになりました。特に音楽やアートの世界にも、えもしれぬ圧力がかかる中で、このまま止まったまま、塞いだままで動かないでいると、限りある自分の人生がどんどん後退してしまうような気がしました。「こんな中でも、できることはあるはず。今だからこそやれること、今だからこそやりたいことに、十二分な注意と配慮と気概を持ってチャレンジしてみよう」と思い立つに至りました。自分の運命を切り開いて、少しでも前に進んでいきたいと思い、「プロジェクト運命」という名前を付け、このプロジェクトを始めました。
ーー音楽だけではなく、絵画展を開くことも、前に進むためのチャレンジだったと。
龍玄とし(Toshl):そうですね。じつは子供の頃から、「いつか絵を描いてみたい」と思っていたんです。10歳の頃に、地元の文化祭で僕の描いた絵が表彰され、さらに海外に出展されたことがあって。初めての表彰だったし、すごくうれしかったんです。ただ、絵が手元に返ってこなかったんです。先生にも「僕の絵、どうなったんですか?」と聞いたのですが、「戻ってこないんだよ」と(笑)。そこで絵を描くことは途切れてしまったのですが、「あの絵はどこにいってしまったんだろう?」「またいつか絵を描きたい」とう心残りがずっとあったんです。その後は音楽を続けてきましたが、数年前に、新しいことにチャレンジしようと思い立った時、真っ先に絵を描いてみようと思いました。
ーー前回の絵画展は、龍玄としさんの楽曲「マスカレイド」をモチーフに、赤を基調とした絵画が中心でした。現在行われている『運命 白の世界へ』は、タイトル通り“白”を基調にした絵画が展示されています。
龍玄とし(Toshl):今回展示させていただいている上野の森美術館は、僕の人生初の絵画展(『マスカレイド・展 音の世界を、描く』2019年)会場なんです。あれから1年半が経ち、この場所に戻ってこられることになったときに、「人生のリスタートとしたい」と思ったんです。心も気持ちもリセットした状態で、もう一度真っ白いキャンバスに向かい合ったとき、自分は何を描くのだろう? と。前回の絵画展では、「マスカレイド」という楽曲を通し、自分の過去にグッと入っていって、痛みや傷といった思いを絵に表したんです。これまで自分でフタをしてきたもの、見ないようにしていたことにも向き合いえぐり出し、絵に現わして、それをみなさんに観ていただくことで、深い傷や痛みが癒され、自分の過去が昇華されたんです。そのとき初めて、本当の意味で、過去に踏ん切りをつけ、新たな人生を切り開くことができたと感じました。
ーー人生観そのものに影響を与えた、と。
龍玄とし(Toshl):はい。それを踏まえて今回の絵画展では、新たな一歩を踏み出したいと思いました。誰もが新しい価値観、新しい人生観を持たざるを得ない時代を迎え、真っ白な気持ちで出発したかった。そこから生まれたのが、“白”の世界に自分から飛び込むというコンセプトだったんです。
ーー未来に向けた前向きな気持ちも反映されている?
龍玄とし(Toshl):そうですね。このような時代になったからには、前向きじゃないとやっていられないと思うんです。周囲にはネガティブな情報や言葉、想念が飛び交っていて、そういう中で何かを為そうというのは、まるで銃弾が飛び交うなか、ほふく前進しているような感じです。弾をよけ、泥まみれになりながら這いずり回ってでも前に進む。それがこの1年で僕が学んだクリエイティブに生きる術でもあります。どんな状況の中でも明るく楽しい「今」を創るという「腹の括り方」が大切なのかなと思います。
ーー『白の世界へ』に展示されている作品も、龍玄としさんの楽曲が元になっているんでしょうか?
龍玄とし(Toshl):そういう作品もありますし、新しい「白の世界へ」抜け出していく今の自分の思いを描いたものもあります。「摩天楼の夏」という作品は、色彩としては「乙女WARRIORS」という自分の楽曲がモチーフになっています。図案的には、例えば、大人になった僕たちが目で見ているビルたちには、本当は僕たちの目には見えない別の世界があって、それは、それぞれが踊ったり歌ったり楽しい会話をしているような世界。お互いの個性を認め合い、育み合う、表層的だけではない深層的ダイバーシティのパワーがみなぎっていて、歓喜に満ち溢れている世界がいつも広がっている。そして皆それぞれの命の花火をドカンと打ち上げて、人生を謳歌している。楽曲の世界観に加え、これから来るであろう東京オリンピックへの本来の思いにも寄り添いつつ、現状を打破し、抜け出して、本当はそこにある目に見えなくなってしまった世界をイマジンして、感じて、創造していこうというメッセージを込めて描いた作品です。
ーー月の満ち欠けを描いた「雪月界」も、今回の展覧会を象徴する絵画だと思いました。
龍玄とし(Toshl):「無色界」に浮かび上がる月の満ち欠け、雪の結晶の雫は蜘蛛の糸のように舞い上がって、幻想を突き抜け「白の世界」へと導く。それはつながる命、そして希望の光。そんな「幽玄なる世界」を表現しています。観てくださったかたが、何を感じてくださるのか、とても楽しみな絵画です。
ーー絵を描くことで、龍玄としさん自身にも変化が生まれたり、心の底にある本当の感情に気付くことができるのかも。
龍玄とし(Toshl):描画は自分のなかで、生きるパワーの源と言ってもいいくらいです。今はすべての生活が描画に向かっています。もちろん音楽活動もありますが、コロナ禍になってから筆を持たない日はほとんどないですし、毎日、絵画と対峙している自分がいます。「この集中力はどこからくるのかな?」と自分で思うくらい、ずっとやってるんです。もちろん失敗することもあるし、わからなくなることも多々ありますが、なんだかそれがいいんですよね。歌は長くやってきているし、自分のなかで積み重ねてきたスキルやテクニックもある程度身についてきた部分もあります。でも、絵に関してはまだまだ新人だし、失敗して当たり前。何度も失敗して、どんどんやり直して……挑めば挑むほど、その先に新しい感触に触れることができる。若い頃、毎日毎日練習して練習して歌っていたのと同じような感覚です。
ーー思い通りにいかないからこそ、チャレンジする意味がある。
龍玄とし(Toshl):そうですね。新人だけに変なプライドもないし、躊躇なく自分にダメ出しして、次に向かうことを続ける。めげそうになりながらも、めげずに続けているし、絵画を観ていただけるという新しい感動をいただくたびに「自分、少し変わったな」と感じるところもあります。
ーーしかもスケールの大きい作品が多いですからね。一作仕上げるのも大変だと思いますが……。
龍玄とし(Toshl):足腰が強くなりました(笑)。大きい絵を描くときは、筋トレよりも辛い体勢で描いていたり、集中力もものすごく必要で。それを日々続けるためには、規則正しい生活、心身の健康が本当に大切なんです。頭も体も心もフル回転していて、放出するものもあれば、自分が描いた絵から受け取るもの、ファンの皆さんから受け取る熱い想いもあり、どんどんエネルギーが循環するんです。絵を描くことで心身ともにだいぶ健全になれたし、自分で言うのも変だけど、すごく明るく弾けています!