現実逃避したい人へ贈る、コナン・グレイの至高のポップス 新曲「Overdrive」レビュー
「Z世代の不安や憂鬱を歌う、今の若者にとって最もリアルなシンガーソングライター」といった言葉は、2020年におけるコナン・グレイを紹介する上では分かりやすいものだった。だが、自身のアーティストとしての立ち位置を確立させた昨年のデビューアルバム『Kid Krow』からおよそ1年が経った今、もしかしたらコナンはその言葉に違和感を感じるかもしれない。なぜなら、現在のコナンは多くの人々にポジティブなエネルギーを届けたいという野心的な想いに溢れているのだから。
ラウヴとのコラボレーション楽曲である「Fake」から約4カ月、単独名義での楽曲としては『Kid Krow』以降、初めてリリースされた新曲「Overdrive」はいつ終わるかも分からない自粛生活にすっかり疲弊してしまった今、せめて気分だけでも現実世界から逃げ出して、ここではないどこかへ飛び出してやろうと感じさせてくれる、"私たち"のために用意された最高のポップミュージックである。
本楽曲についてのApple Musicのインタビューにおいて、コナンは「一年中、家の中でごろごろしていて、踊りたくなるような、シャワーを浴びながら歌いたくなるような楽曲を作りたいと思うようになった」というエピソードを語っている(※1)。その言葉を裏付けるように「Overdrive」はコナンがこれまでに生み出してきた楽曲の中において最もアップリフティングで、幸福感に満ちていて、例えば自身のことを知らない人が偶然この曲を聴いたとしても、コーラスが訪れる頃にはきっと一緒に踊りたくなってしまう、そんなダンスミュージックとなっている。2度目のコーラスを迎える頃には、きっと決め台詞である〈Goin' overdrive〉を口ずさんでいることだろう。
「Overdrive」が描くのは、本楽曲のミュージックビデオでも表現されている通り、道端で出会った見知らぬ人と共に無謀でワイルドな生活を過ごし、その先の運命がどれほど不確かであろうと、直感に全てを委ね、限界までアクセルを踏み込んで未来へと向かっていく夜の光景だ。
〈週末に会うだけ / 特別な気持ちなんてないって言ったけど / あぁ、多分それは咄嗟についた嘘だった / 深い場所へと飛び込もう / 理由なんて考えられない / 自分たちの時間を過ごさないと〉 (Only met on the weekend / Said I'm not catchin' feelings / Oh, I guess I lied / Divin' off of the deep end / I can't think of a reason / We should take our time)
〈この通りを燃やし尽くそう、左も右も関係ない / 赤信号なんて見たくないよ / ビートに乗って追い越し車線を行こう、時速105マイルで / 君は隣にいて、この熱を感じるんだ / オーバードライブするんだ〉(Burnin' down the street, no left, right, left, right / I don't wanna see no red light, red light / Fast lane on the beat, go ten, five, ten, five / You right next to me, feel the heat / Goin' overdrive)
その光景は、見知らぬ人との偶然の出会いどころか、友人とのちょっとしたパーティも困難になってしまった現代ではもはや絵空事のファンタジーであるようにも感じられる。だが、それこそが「Overdrive」におけるコナンの狙いだ。彼は、1年振りの新曲での取り組みについて、とにかく人々に現実から逃避できるものを届けたかったと語り、本楽曲のテーマを「自分を押さえつけるものをなくして、もしそれが無謀だとしても、この瞬間に自分のやりたいことを正確にやるということ」だと定義している(※2)。その背景には、以前よりも人生を縛り付ける要素が増えてしまった現代において、抑制から解き放たれることを切望するコナン自身の想いがある。
(※1)https://imgur.com/FE4oCk2
(※2)https://www.nme.com/en_asia/news/music/conan-gray-overdrive-single-new-album-interview-2884558