『ヘヴィ・メンタル・アティテュード』リリースインタビュー

怒髪天 増子直純が考える、現状を踏まえた“ロックバンド”の在り方 「状況がヘヴィであればあるほど、ユーモアが大事」

 怒髪天が11月11日にリリースするニューアルバム『ヘヴィ・メンタル・アティテュード』は、そのタイトルが表す通り、彼らのどデカい懐をこれでもかというほどに見せつけてくる作品だ。宇宙規模に迫る壮大なスケールを描きながら、先の見えない暗い現況だからこそユーモアで笑い飛ばしていく、という彼ららしい心意気がたっぷり詰まっている。緊急事態宣言からの緊急リリース、バンド初の無観客生配信ライブ、3密回避で行われた日比谷野音での有観客ライブ、という制作途中の出来事を振り返りながら、“ロックバンドの本懐”を突き詰めてきた怒髪天は、この日常が日常でなくなってしまった今、何を考え、これからどこに向かおうとしているのか? 増子直純(Vo)に新作のことはもちろん、コロナ禍におけるバンドの在り方まで、とことん話を聞いた。(冬将軍)【※記事最後に読者プレゼント情報あり】

「強い心を持て」は難しいかもしれないけど「大きな心を持とう」

――今回のアルバムはコロナ禍の影響が大きく出ている作品になりましたね。

増子:アルバム制作や曲作りというのは日記と一緒で、その時に思ったことを書いてるわけだから、やっぱり色濃く出るよね。不安というか、「これからどうなるんだろう?」っていう気持ちがさ。それは震災の時も思ったことなんだけど。あの時は被災地の人たちを支えることができたじゃない? 今回は世界中がダメージを受けているわけだから、誰かが支えるということができないからね。バンド活動にも多大な悪影響を及ぼしているわけだし、いろいろ考えてしまったな。

――そうした最中、当初の予定になかった『明日に向かって漕げ!』を4月に、『チャリーズ・エンジェル』を5月に緊急リリースしました(参考記事:怒髪天が今“がんばれ”を歌う意味 『チャリーズ・エンジェル』『THE JAPANESE R&E』で届けるシリアスとユーモア)。これはアルバム制作途中で、先出しという形をとったんですよね。

増子:そうだね。今できることをやっておかなきゃこの先どうなるかわからないと思って、急いで出した。

――歌詞はコロナ禍の状況を綴ったものが多いですが、楽曲や音楽面にも影響はありましたか?

増子:(上原子/Gt)友康は暗い曲は作りたくないと言ってたから。世間的な雰囲気が重くなればなるほど、バカバカしい明るい曲を作りたいと。それはその通りで、現実社会がヘヴィならそこでヘヴィな歌を歌ってもしょうがないから。そこは明るく楽しくやりたいという反動は生まれるよね。ただ、この状況を無視して、ラブソングであったり、チマチマした自分の心情を吐露した曲を歌われてもさ、そういうもんじゃないだろ、と俺は思うんだよね。悪くはないよ、それが好きな人もいるから。だけど、その時々に鳴らす音というのがリアルだと俺は思うからね。「いつものスタイルだからこうします」というだけじゃもの足りないというか、リアルじゃないよね。

――時世に見合った音を鳴らしていくと。

増子:俺らがやるべきことは、「今はヘヴィな状況だけど、この後どうするか?」という次の一歩を踏み出していくものを作ること。それは自分たちのためでもあるし。「ここはこう考えよう、ここは笑い飛ばそう」っていう俺たちなりの、答えとはいかないまでもちょっと踏み出したものを提示していく。そのためにバンドやってると思うから。だからなるべく苦しい時ほど笑い飛ばす、そういう気持ちが大事であって。『ヘヴィ・メンタル・アティテュード』というタイトルはさ、「強い心を持て」は難しいかもしれないけど、「大きな心を持とう」なんだよね。あらゆるものを俯瞰で見て、「宇宙規模で考えれば……、まぁ小せえな」って思える大きな心をね。「これまでも人類は何度も苦難を乗り越えてきたんだ、だからなんとかなるだろう」っていうさ。そのくらいゆるくというか、ぼんやりと物事を見られる心を持ちたいねっていうことなんだよ。

――心に余裕を持つことが大事であると。

増子:そう。そもそも音楽やロックなんてものは、社会や生活に直接役に立つものではないからね。ただ、楽しさの呼び水、幸せの呼び水とでもいうかね、そういう役割は大いにあると思うから。だから俺らは自分の欲しいもの、自分が聴きたいなと思うものを作っていく。自作自演だからさ、自分にとって足りないものを作っていくということなんだよね。アルバムの前半は、もう少ししたら活動できるだろうと思って作ってた曲だから、ライブを想定した曲が多いんだよ。そしたら思ったより状況が深刻になっちゃって。でも、状況がヘヴィであればあるほど、ユーモアが大事なんだなと思った。そしたら今度は、ユーモアの最たる人、志村けんがいなくなっちゃった。色々なものが重なって、イヤになっちゃう状況ではあったけど、先人から受け取ったものをきちんと伝えていくというか。そういうのも生きていく者の使命なんだなと。

――ここ数年の怒髪天は「HONKAI」や「セイノワ」など、楽曲を通じてロックバンドの本懐や在り方を突き詰めてきましたが、このコロナ禍でそれがより浮き彫りになったと思います。逆に、そういう使命のようなものが重荷になることはありませんでしたか?

増子:ないね。勝手に使命だと思ってるわけだから。往年のヒーローがそうであったように「俺がやらねば誰がやる」っていうさ。そういう勝手な使命感も、俺らはそれが人から見えやすいところにいるというだけの話で。みんなが背負ってるものだと思うしね。俺は、自分で作ってるものだし、自分の都合のいいように作っているからプレッシャーになることはないね。全部自分のできる範囲のものでしかないし。人をアジテートしていこうとか、引っ張っていこうというつもりもないから。「俺はこうやってるよ」というだけの話。「この旗の下についてこい」なんて言ったことはないし、そう思ってもいない。

――そこが増子さん、怒髪天の大きな魅力だと思うんです。確固たる芯の強さがありながらも、他者に対して説教もしなければ強制もしない。

増子:前にMCでも言ったけど、ロックバンドに“正しさ”を求められても困るしな。バンドやバンドマンはみんなの悪い友だちで、不良の友だちなんだよ。おかしなこと、外れたことをやってるから面白くて付き合ってるわけでしょ。そこに急に正しいことを求められてもさ、それは違うよという話で。俺だって、べつに正しいことを提示したいわけじゃないんだよね。物事を見るひとつの角度を提示するというか、こんな角度もあるよっていうだけであって。俺にとっては正しいことでも、みんなにとっては正しいことではないこともあるし。こないだ亡くなったヴァン・ヘイレンが言ってたけど、音楽に良い悪いなんてものはない、あるのは好みだけだって。その通りだよね。どんなものを作っても、批判はあるんだよ。でも、それはその人が好きじゃなかっただけ、これはしょうがない。カツ丼を食いたいのに寿司屋に連れていかれたらどうしようもないもんね。それがどんなに高級で美味い寿司屋だったとしてもさ。