アルバム『10』インタビュー
tricotがコロナ禍で迫られた新たな制作スタイルとは? 4人が語る、自粛期間を経て完成したアルバム『10』の全貌
今年1月にメジャーからの1stアルバム『真っ黒』をリリースしたtricotが、早くもニューアルバム『10』をリリースする。独特の歪な部分は残しながら、新たなグルーブや音像を獲得した現在のバンドの好況は新作にも反映されている。だが、コロナ禍において制作方法は従来にないものに変更を余儀なくされたという。あらゆるバンドにとって初めての状況をtricotはどう捉え、制作に取り組んだのか。そして作品への影響はーーメンバー全員インタビューで確かめてみた。(石角友香)
「最後には『歌うしかないのさ』と吹き飛ばしてくれたら」(中嶋)
――今年早くも2枚目のアルバムですね。リリースを決めたのは?
中嶋イッキュウ(以下、中嶋):それこそ緊急事態宣言の最中ぐらいですかね。ほんとは前作の『真っ黒』から1年後の(2021年)1月〜2月予定で進めてたんですけど、ライブ活動もできなくなって、動けることが作曲やレコーディングしかなかったので、そっちを前倒しでやることになりました。
――それににしても中9カ月ぐらいなわけで、どれだけアイデアがあるのかって驚きました。
中嶋:実はほぼない状態からのスタートだったんです。『真っ黒』が出来上がって、ちょっと落ち着いたぐらいから、なんだかんだ1年後って言ってもあっという間やろうなと思って、作曲のタネ作りをやり始めてた直後ぐらいにみんなに会えないっていう状況になって。
――曲の作り方自体は変わりましたか?
中嶋:そうですね、自ずと。いつもはスタジオで作っていたんですけど。それぞれ録音したものを送り合って、それに乗せて返してっていう感じで作ってました。
――アルバムに収録された曲の中でデモが完成形に近い曲は?
中嶋:「あげない」ですかね。ほとんど展開をデモから新たに付けなかったんで、そういった意味では(デモに)一番近いけど、フレーズは全く別物というか。ボーカルだけそのまま、という感じですかね。
――なるほど、そういう作り方だったんですね。
中嶋:もう順番もバラバラで、楽器一つひとつ追加されていく感じだったので。しかも全員がゼロもイチもやるっていう感じになったんで、ドラムだけある曲、ベースだけある曲、ギターだけある曲、歌だけある曲にどんどん「あ、これにベース入れてみようかな」「ドラム入れてみようかな」って気分で足していきました。まとまったから歌を入れようというのでもなく、それぞれ好きなタイミングで入れてました。
――先に歌があってできた曲もある?
ヒロミ・ヒロヒロ(以下、ヒロミ):「あげない」はそうでした。
――ビートはどうやって入れていくんですか?
吉田雄介(以下、吉田):わりと僕はスタジオに入るまでほったらかしにしてます。それはもう、バーン! とやった時のインプロの感じで行った方が面白いなと思って。「あげない」と「體」に関しては、もう歌があって打ち込み系のビートにしないようにしたかったので。
中嶋:ほとんどのデモはデータ上でやりとりして、最終的にアレンジはスタジオに集まって、最後グッと詰めてレコーディングする感じで。特にこの「あげない」と「體」はその時までドラムは叩かずに現場で、みたいな感じでしたね。
吉田:いろいろやっていたので、(ドラムを)触らない期間が大事やなと結果的に思いましたね。アルバム制作の役に立ったというか。ドラムって変な話、触ると音が出ちゃうじゃないですか。ギターとかベースみたいにエフェクターもないし。わりかし家で考えてる時の方がいろんな音で鳴ってるというか。サウンド感とかもドラムに左右されない感じになってる。
――データのやりとりというと、DAWで作業をしていたメンバーもいるんですか?
中嶋:いや、そこまで技術がないです(笑)。全員デモのレベルは一緒ぐらいで、ほんま録っただけっていう感じですね。データでしっかりやりとりしてるというよりは、スタジオでやってきたことを、その音源から汲み取って、擬似的にスタジオに入ってるような感じというか。
吉田:周りのバンドがすでにやっていることのやっと初歩に立った。コロナの影響じゃなくて、現代のバンドたちってみんなそれをやってるじゃないですか。だから作り方に関してはやっとスタートラインに立った(笑)。
中嶋:画面上ではなかなか完成まで持っていけなかったですね。デモを聴いてイメージを膨らませながら、最後には詰める、 という作業は絶対必要でした。
――ところで『10(じゅう)』というタイトルからして、あまりテーマはなかったのかなと想像するんですが。
中嶋:おっしゃる通りで。いつもタイトルはほぼ後付けぐらいの感じなんですけど、今回、みんなが作ったタネみたいなものが30個ぐらいはあったのかな。その中から良いものを「じゃあ今度これやってみよう」ってみんなで話し合い、ある程度並んだ状態で、じゃあ次こういう曲入れてみよう、という風に行った結果、こうなった感じです。
――前作あたりから皆さんが聴いていらっしゃる、その時々の音楽の幅が曲に反映されていると思って。今回も曲のレンジが広いですね。
中嶋:私はずっと変わらないんで、ほんとに毎回、再ブームがきてるだけみたいな感じ(笑)。幼少期から好きなアイドルグループに関しては、今回たくさん(曲に)反映させていただいてます(笑)。そういうのは今回、1曲と言わず2曲ほど実はある。
ヒロミ:今回リモートで初めて制作をして、最初から最後まで曲をフルで作るわけじゃないけど、そうやってちょっとずつアイデアを出し合って重ねてということをして。改めてバンドで集まって演奏することの大切さ、楽しさもわかったし。でも、限られた中で自分のできることをやったり、それこそいつもギターきっかけで曲は作っていたけど、初めて歌だけのやつに乗せてみよう、とか。曲を見る視点が変わったところはすごく大きかったですね。
――ベースのアイデアから始まった曲はありますか?
ヒロミ:「WARP」と「幽霊船」はベースがもともとあった曲で、それにみんな重ねて広げていったって感じです。「幽霊船」は普通に自分がいいなと思ったベースフレーズを出して。「WARP」はこんな感じのをイッキュウがしたいっていうのを聞いて、自分の中でそれを消化して、半分軽い気持ちで作ったというか、そういうのがあったら面白いかなという発想ですね。
――「WARP」は、Aメロのねちっこいエフェクトのベースが新鮮です。キダさんはいかがですか?
キダ モティフォ(以下、キダ):これまでは曲を作るときはスタジオに集まって、ギターきっかけで作ることがほとんどだったんですけど、今回それぞれのパートできっかけがあって。ギターきっかけでは多分出てこなかったであろうフレーズが、他の人のフレーズによって引き出される感じが面白かったですね。最初のきっかけを他の人に委ねる感じが今までとまた違って、別の作り方になったなって感じです。
――ギターをあとからつけたことで、これまでにない音色もありますね。
キダ:今までと一番違うな、というのは「體」で、ギター発信でこうなることはないだろうっていうフレーズや音色ですね。こんなにファズを効かせて、オクターブも効かせて、めっちゃ太い音でリフ弾くみたいなことはなかった。これは今までの真逆というか、新しい面が出たなという感じです。
――「體」はホラーっぽい感じがありますけど、今は日常がちょっとホラーっぽいですし。
中嶋:ああ、映画っぽいですよね。映画でいろんな人がテーマにしてきたようなことが実際起こっているような、不思議な感じでしたね。
――アルバムの1曲目が「おまえ」から始まりますが、これは自分のことなんじゃないかと踏んでいるんですが。
中嶋:そうです。わかっていただけて嬉しいです。これは自粛期間明けてすぐに配信ライブがあったんですけど、そこでまだ完全形ではなかった時にちょっとお披露目をさせてもらって。そこで聴かれたファンの方にはタイミング的にも、コロナのことを書いているんじゃないかっていう風に言っていただいたんですけど、自粛より前に実は作り始めていて、その時にはもう大枠の歌詞はあったんです。で、レコーディング前日にアレンジした時、後半部分の展開が固まって、歌詞はなんか今の現状にちょっと寄り添ってみようかなと。その状況に対して自分はポジティブにいれましたけど、やっぱりそうではない人もたくさん、モヤモヤしていたりとか、音楽に頼りたいじゃないですけど、背中を押して欲しい人とかもいるかなと思いました。そういう曲が一曲あったらいいなと思い、一歩だけ歩み寄ってみたような感じに最終的には変更しました。
――普通に毎日過ごしているつもりでも元気じゃなくなる日もありますからね。
中嶋:そうですね。自分と向き合う時間が長すぎて、考えすぎちゃう人も、向き合いすぎる人もいるというか。でも結局、最後に「歌うしかないのさ」みたいな感じで、笑い飛ばすじゃないですけど、吹き飛ばしてくれたらいいなと思いました。