ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(4)n-bunaとOrangestarの登場がもたらした新たな感覚

 以上のように、BPMや音数、あるいは長調/短調的な観点から見て、n-bunaとOrangestarの音楽性を高速ロック≒wowakaとハチが定義した「ボカロっぽい」音楽からの連続的なものとして捉えることはあまり適切ではないように思える。では彼らの音楽性は「ボカロっぽくない」のだろうか? 実を言うと筆者は「ボカロっぽくない」と思っている側の人間だったのだが、ヨルシカに関するツイートなどを見てみるとどうも「ボカロっぽい」という意見がかなりの数あるのだ。確かに現在のボカロシーンにはn-bunaのフォロワーと思われるボカロPが多く存在する。その意味では間違いなく新しい「ボカロっぽい」を作った人物ではあるのだが、他の音楽シーンにも近い割合で存在する音楽性だとしたらわざわざ「ボカロっぽい」とは言われないはずだ。やはりn-bunaの音楽性のどこかに「ボカロっぽい」要素があると考えるのが妥当だろう。それがどんな要素なのか、ここではメロディに着目して検討したい。ヨルシカの代表曲「ただ君に晴れ」Aメロ、「だから僕は音楽を辞めた」サビの冒頭のメロディには共通点がある。ミ→ソ、あるいはラ→ドという短3度上昇するアウフタクト(メロディが1拍目より前に始まること、およびそのメロディ)で始まり、長2度上であるラ、あるいはレに小節頭で着地する点だ。また、「ヒッチコック」サビはソ→ラの間にミが入るものの、3連符1つ分と短いので同系統のメロディとして扱っていいだろう。このメロディを採用したヒットボカロ曲は多くあり、これまで当連載に登場した楽曲だけでも「千本桜」「六兆年と一夜物語」「ヘイセイカタクリズム」などが挙げられる。では本当にこのメロディが「ボカロっぽい」のか、前々回用いた楽曲リストで比較してみよう(参照:筆者note)。

 検証の結果、このメロディで始まるパートの存在する邦楽は嵐「Troublemaker」(Cメロ)、DAOKO × 米津玄師「打上花火」(Aメロ)の2曲、ボカロ曲はLast Note.「セツナトリップ」(Bメロ/サビ)や、ナユタン星人「太陽系デスコ」(サビ)などの計7曲となった。ペンタトニックの王道的なメロディなのでこの結果を以ってボカロ曲特有のメロディだと言う気はないが、代表的なボカロ曲である「千本桜」と「六兆年と一夜物語」のサビで用いられている点は重要だ。このメロディを以って「ボカロっぽい」と判断する人がいてもおかしくないだろう。

 ついでに先の楽曲リストを流用して、筆者の思う「ボカロっぽくない」要素である「モチーフを保持したまま下降するメロディ」についても検討してみよう。今回の比較に用いた楽曲では、Mr.Children「HANABI」のサビや、King Gnu「白日」のBメロなどが例としてわかりやすいだろうか。この要素も早速比較したいところではあるが、どこからがモチーフなのか、何を以て同一モチーフと見なすのかという問題が発生してしまった。そこで今回は対応策として簡易的なルール(Aメロやサビといった各パートの冒頭3回の音高移動がモチーフ、音程関係とリズムが一致するモチーフ同士が同一モチーフ、同一パート内で同一モチーフが下降するのがモチーフの下降。その他細かい条件もあるが割愛)を定めた。なお、このルールは完璧なものとは言えず、改善の余地も十分にある上、確認は手作業で行ったので話半分で受け取ってほしい。さて、このルールに基づいて筆者が調べた限りでは、「モチーフの下降」が見られる邦楽は20曲、ボカロ曲は6曲となった。気になる点としては、元々はボカロPであった米津玄師の「Lemon」や「打上花火」といった楽曲にこの要素が見られることに対し、ハチ名義で発表した「マトリョシカ」や「パンダヒーロー」などには見られないことが挙げられる。この手のメロディは流れるようにスムーズな進行が特徴的であり、人間歌唱が前提の楽曲ならではの「歌っていて気持ちのいい」メロディの1つと言えるかもしれない。また、kemuとトーマのフォロワーとして名前を挙げたOmoiの「テオ」(2017年)、ユリイ・カノンの「だれかの心臓になれたなら」(2018年)が該当する点も興味深い。この「モチーフの下降」がJ-POP(というより、筆者の個人的な感覚としては歌謡曲)的であるとするならば、2009~2012年頃に形成された「ボカロっぽさ」にその感覚が流入したのが2017年頃と言えるのかもしれない。ちなみに、ヨルシカの先述の3曲においても、今回のルールの限りではモチーフの下降は見られなかった。

テオ / 初音ミク
だれかの心臓になれたなら /ユリイ・カノン feat.GUMI

 少し脱線してしまったが、以上がn-bunaの「ボカロっぽい」要素についての検討だ(実のところこれらの要素は全く関係がなく、ただ「n-bunaっぽい」が「ボカロっぽい」と言い換えられているだけの可能性も十分にありえる)。さて、ドメスティックな高速ロックが過去のものとなり、ポップスやポップロックが台頭したボカロシーンはこの後どうなっていくのか。次回からはボカロシーンのある種の転換点とも言える2016年とそれ以降の流行を追っていこうと思う。

■Flat
2001年生まれ。音楽を聴く。たまに作る。2020年よりnoteにてボカロを中心とした記事の執筆を行う。noteTwitter

ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察

・(1)初音ミク主体の黎明期からクリエイター主体のVOCAROCKへ
・(2)シーンを席巻したwowakaとハチ
・(3)kemuとトーマ、じんが後続に与えた影響
・(4)n-bunaとOrangestarの登場がもたらした新たな感覚

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