雨宮天、スキマスイッチ「奏」カバーで見せたシンガーとしての成長 活動を重ねて得た歌唱表現などから分析
漏れ出るキュートネス
雨宮の歌声の特徴は、透明感のある澄んだ声質と、理知的で凛とした印象を与える発声にある。クールでアダルトな歌い方を得意とするが、そこに含まれる隠しきれないかわいらしさが最大の魅力とも言えるだろう。どんなにカッコよく歌っていたとしても、“かわいい”が漏れ出てしまう不思議な特性を備えている。
アーティスト活動においては、主にダークな世界観を歌うヘヴィでシリアスな音楽性が中心となっている。2014年のデビューシングル表題曲「Skyreach」はまさにその典型で、激しく歪んだ音色のメカニカルなギターリフで幕を開ける、メタルサウンド全開のスリリングな楽曲であった。当時21歳という若さも手伝い、デビュー曲らしい初々しさの感じられるフレッシュな歌声を楽しむことができる。
それが2017年リリースの4thシングル『irodori』あたりまで来ると、“雨宮天印”の歌声がかなり完成されてきていることがわかる。表題曲「irodori」はメタル系ではなくジャズテイストのスウィングナンバーとなっており、漏れ出るキュートネスを適量に制御するバルブの性能が飛躍的に向上、“凛とした歌声”という印象が中核をなすようになった。2016年リリースの1stアルバム『Various BLUE』に収録されている同系統のスウィング曲「羽根輪舞」と比較すると、その年齢感の上がり方が直接的にわかりやすいかもしれない。さらに2019年リリースの8thシングル曲「VIPER」では、この路線におけるひとつの到達点を見ることができる。
歌声の制御はより自由自在に
こうして着実に成長を遂げてきた雨宮が、突如としてちゃぶ台をひっくり返したのが今年1月リリースの10thシングル曲「PARADOX」だ。ハイテンションなホーンセクションをフィーチャーした軽快なピアノロックによる、底抜けに明るいポップナンバー。ボーカルにおいては、もはやキュートネス制御バルブを全開に緩め、漏れ出るどころかダムの放流状態となっている。しかし決してバルブが壊れてしまったということではなく、むしろ開け閉めの加減がよりコントロール自在になったことの証左と見るべきだ。「Skyreach」の頃は漏れ出てしまっていたものを、ここでは意図的にダダ漏れにしているのである。
そんな紆余曲折の先に今回の「奏」のカバーがあることを考えると、何かと感慨深く思えるのではないだろうか。もちろん、彼女にとってこれがゴールではないし、この先も長く続いていくであろうキャリアにおけるひとつのマイルストーンに過ぎない。しかしこのタイミングで、ある意味ではシンガーとしての原点とも言える「奏」をアップデートして見せてくれたことは、ファンにとって非常に大きな意味を持っていくはずだ。
■ナカニシキュウ
ライター/カメラマン/ギタリスト/作曲家。2007年よりポップカルチャーのニュースサイト「ナタリー」でデザイナー兼カメラマンとして約10年間勤務したのち、フリーランスに。座右の銘は「そのうちなんとかなるだろう」。