『ジョーカー』音楽は特殊な手法だった? プリンス、ハンス・ジマー…『バットマン』&『ダークナイト』シリーズの楽曲を検証
「バットマン」のスーパーヴィランであるジョーカーを主人公に据えた、ホアキン・フェニックス主演の映画『ジョーカー』(2019年)が、WOWOWにて初放送されることが決定し、その記念大特集としてジャック・ニコルソンがジョーカー役を務めた映画『バットマン』(1989年)から始まる4部作(『バットマン』『バットマン リターンズ』『バットマン フォーエヴァー』『バットマン&ロビン Mr.フリーズの逆襲』)と、クリストファー・ノーラン監督がメガホンを取った「『ダークナイト』トリロジー」(『バットマン ビギンズ』『ダークナイト』『ダークナイト ライジング』)も随時放送される。
トッド・フィリップスが監督を務める『ジョーカー』は、現代のアメリカが抱える格差問題などを風刺しつつ、『タクシードライバー』(1976年)や『キング・オブ・コメディ』(1982年)といった社会派ドラマ映画の要素も盛り込み、原作コミックの世界観からは大きく逸脱した内容となった。ウエイトを20kg以上も落として撮影に臨んだという、ホアキン・フェニックスの役作りも大きな話題となったが、何よりも印象的だったのは、元múmのメンバーであり、今は亡きヨハン・ヨハンソンのコラボレーターだったアイスランド出身の音楽家、ヒドゥル・グドナドッティルによるサウンドトラック。その独特な作曲過程については、筆者が本サイトに寄せたコラム(「映画『ジョーカー』の“不穏さ”と“安らぎ”が同居する劇中歌 アカデミー賞作曲賞受賞を機に解説」)にて紹介したのでここでは詳細を省くが、主人公ジョーカーことアーサー・フレックの「内なる声」を、ビオラやハイドロフォンを用いて見事に再現した彼女の手腕は高く評価され、『第77回ゴールデングローブ賞』作曲賞と『第92回アカデミー賞』作曲賞に輝いている。
そこで本コラムでは、[『バットマン』4部作編]と[『ダークナイト』トリロジー編]を振り返りながら、作品の中で音楽がどのように使われてきたのかを検証していきたい。
1989年から随時公開された[『バットマン』4部作編]で当時大きな話題となったのは、やはりシリーズ第1弾『バットマン』の中で、プリンスの楽曲が起用されたことだろう。プリンスの「1999」と「Baby I'm a Star」を完成前のラフカットに用いたところ、映画の雰囲気にぴったりだったことから監督のティム・バートンが彼に両曲の新録バージョン、もしくは新たな書き下ろし曲を依頼。完璧主義者だったプリンスは、『バットマン』の撮影現場に何度も出向き、監督ともミーティングを重ねた末にようやくオファーを受けた。そうして生み出されたのが、プリンスにとっては通算11枚目のオリジナルアルバムとなる『Batman』(1989年)だ。
本作は、映画本編で使用されたセリフが随所に用いられ、ジョーカーに触発して書かれたと思しき楽曲「The Partyman」が収録されるなど、かなり映画の世界観に寄せた内容となっている。また、映画の中でヴィッキー・ベール役を演じ、当時プリンスとの恋の噂もあったキム・ベイシンガーもレコーディングに参加し、曲の中でプリンスとセクシーなやり取りをしている(マキシシングル『The Scandalous Sex Suite』収録)。プリンスにとって、ツアーをキャンセルしてまで打ち込んだ『Batman』はまさに渾身の“サントラ”だったはずだ。が、実際に使用されたのは冒頭でチラ出しされる「The Future」や、ジョーカーが美術館を襲撃するシーンでの「The Partyman」、そしてエンドロール後半で登場する「Scandalous」くらいで、あとは全編にわたってダニー・エルフマンがスコアを手掛けたオーケストラが鳴り響いている。エルフマンといえば、『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』(1994年)や『マーズ・アタック!』(1997年)、『チャーリーとチョコレート工場』(2005年)一連のバートン作品に深く関わり、その世界観を「音」で彩ってきた作曲家である。結果的にプリンスのアルバム『Batman』は、映画のサントラというよりむしろ“映画『バットマン』にインスパイアされて作られた、プリンスのオリジナル・アルバム”と捉えた方が正しいのかもしれない。