『ジョーカー』音楽は特殊な手法だった? プリンス、ハンス・ジマー…『バットマン』&『ダークナイト』シリーズの楽曲を検証

『バットマン』シリーズ楽曲を検証

ダークで荘厳な世界観を引き継いだ「『ダークナイト』トリロジー」のサウンド

『バットマン リターンズ』(c)Warner Bros. Entertainment Inc.

 続く『バットマン リターンズ』(1992年)は、前作に引き続きティム・バートンが監督を務め、ダニー・デヴィートが扮するペンギン男や、ミシェル・ファイファー演じるキャットウーマンらヴィランの苦悩や葛藤にも焦点を当てた内容に。サウンドトラックも今回はエルフマンに一任。『サンセット大通り』(1950年)や、『陽のあたる場所』(1951年)でオスカーを受賞したフランツ・ワックスマンや、『市民ケーン』(1941年)、『サイコ』(1960年)、『タクシードライバー』などで知られる巨匠バーナード・ハーマンから多大なる影響を受けた、エルフマンによる重厚なオーケストレーションが、バートンの描き出すダークファンタジーな世界観を前作よりもさらに強く印象づけたと言っても過言ではないだろう。

『Batman Returns OMPST』

 ただし挿入歌として、Siouxsie And The Bansheesの「Face to Face」が、本編の仮面舞踏会のシーンとエンドロールで起用されているのは興味深い。この曲の歌詞は、キャットウーマンの「女性としての葛藤」を反映したものとなっているからだ。さらに、ペンギン男とキャットウーマンが死闘を繰り広げる場面では、キャットウーマンが〈Six... Seven... All good girls go to heaven〉と口ずさむショットがある。これはThe Beatlesの楽曲「You Never Give Me Your Money」(『Abbey Road』1969年収録)の後半部、〈Six... Seven... All good children go to Heaven〉の替え歌であり、おそらくビリー・アイリッシュの楽曲「all the good girls go to hell」のモチーフにもなっている(なぜならMVの中でビリーは、バットマンを思わせる巨大な翼を背負っているのだ)。女性を搾取し続ける男性や、男性社会へのアンチテーゼとして誕生したキャットウーマンは、ある意味では現在の「フェミニズム運動」に先鞭をつけた存在だったことを考えると、この繋がりは感慨深いものがある。

 閑話休題。『バットマン フォーエヴァー』(1995年)、『バットマン&ロビン Mr.フリーズの逆襲』(1997年)では、監督がバートンからジョエル・シュマッカーへとバトンタッチ。前2作でのダークなトーンから一転して蛍光色を大々的に取り入れたカラフルな映像や、主演のヴァル・キルマーをはじめトミー・リー・ジョーンズ、ジム・キャリー、ニコール・キッドマン、ドリュー・バリモアら豪華キャストを起用した『バットマン フォーエヴァー』は、シリーズでも記録的なヒットを記録。サウンドトラックは2作ともエリオット・ゴールデンサールが担当し、エルフマンのダークで重厚な世界観を引き継いだのだが、当のエルフマンからは「自分のスタイルを模倣しただけに過ぎない」と酷評されたこともあった。

『バットマン&ロビン Mr.フリーズの逆襲』(c) Warner Bros. Entertainment Inc.

 ちなみに挿入歌は、『バットマン フォーエヴァー』ではThe Flaming Lips「Bad Days」やU2「Hold Me, Thrill Me, Kiss Me, Kill Me」、シールの「Kiss from a Rose」などが起用され、『バットマン&ロビン Mr.フリーズの逆襲』ではモロコの「Fun For Me」、The Smashing Pumpkinsの「The End Is The Beginning is The End」、R・ケリーの、その名も「Gotham City」などが使用された。なお、シュマッカー監督は今年6月21日、長期にわたるがん闘病の末に逝去。80歳だった。

 クリストファー・ノーラン監督により生まれ変わった『バットマン』の新シリーズ「『ダークナイト』トリロジー」では、『ハンニバル』(2001年)や『ラストサムライ』(2003年)などを手がけたハンス・ジマーが起用される。[『バットマン』4部作編]のダークで荘厳な世界観を引き継いだジマーは、シンセサイザーとオーケストラを融合しながら独特なサウンドスケープを築き上げ、のちに数多くのフォロワーを生み出した。

『The Dark Knight (Original Motion Picture Soundtrack)』

 こうして過去の『バットマン』シリーズで使用された音楽について、改めて検証していけばいくほど、映画『ジョーカー』のサントラがいかに“手法として”特殊だったのかを思い知らされる。ダニー・エルフマンもエリオット・ゴールデンサールも、そしてハンス・ジマーも、「ダークヒーロー」であるバットマンと、犯罪都市ゴッサムシティを体現する暗くヘビーな音楽を構築してきた。しかしながら『ジョーカー』でヒドゥルは、主人公ジョーカー/アーサーの内面を掘り下げながら、そこから浮き上がってくる音を丁寧にすくい上げているのだ。今回、WOWOWで放送される『ジョーカー』と、その特集企画である[『バットマン』4部作編]および[『ダークナイト』トリロジー編]を鑑賞の際は、そうした音楽の使われ方に耳を傾けてみるとより楽しめるはずだ。

■黒田隆憲
ライター、カメラマン、DJ。90年代後半にロックバンドCOKEBERRYでメジャー・デビュー。山下達郎の『サンデー・ソングブック』で紹介され話題に。ライターとしては、スタジオワークの経験を活かし、楽器や機材に精通した文章に定評がある。2013年には、世界で唯一の「マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン公認カメラマン」として世界各地で撮影をおこなった。主な共著に『シューゲイザー・ディスクガイド』『ビートルズの遺伝子ディスクガイド』、著著に『プライベート・スタジオ作曲術』『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』『メロディがひらめくとき』など。FacebookTwitter

■放送情報
『ジョーカー』放送記念大特集
[名優ホアキン・フェニックス編]
『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(エクステンデッド版)
7月23日(木・祝)16:45〜<字幕版>WOWOWシネマ
『マグダラのマリア』
7月23日(木・祝)19:25〜<字幕版>WOWOWシネマ
『アンダーカヴァー』
7月23日(木・祝)21:30〜<字幕版>WOWOWシネマ
『容疑者、ホアキン・フェニックス』
7月23日(木・祝)23:30〜<字幕版>WOWOWシネマ
『ザ・マスター』
7月23日(木・祝)25:30〜<字幕版>WOWOWシネマ
『エヴァの告白』
7月24日(金・祝)4:00〜<字幕版>WOWOWシネマ
『ゴールデン・リバー』
7月24日(金・祝)6:00〜<字幕版>WOWOWシネマ

[『バットマン』4部作編]
『バットマン』(1989年)
7月24日(金・祝)9:15〜<字幕版>WOWOWシネマ
8月11日(火)10:50〜[吹替補完版]WOWOWプライム
8月13日(木)9:45~<字幕版>WOWOWシネマ
『バットマンリターンズ』
7月24日(金・祝)11:30〜<字幕版>WOWOWシネマ
8月11日(火)13:00〜[吹替補完版]WOWOWプライム
8月13日(木)12:00~<字幕版>WOWOWシネマ
『バットマンフォーエヴァー』
7月24日(金・祝)13:45〜<字幕版>WOWOWシネマ
8月11日(火)15:10〜[吹替補完版]WOWOWプライム
8月13日(木)14:15~<字幕版>WOWOWシネマ
『バットマン&ロビンMr.フリーズの逆襲』
7月24日(金・祝)16:00〜<字幕版>WOWOWシネマ
8月11日(火)17:15〜[吹替補完版]WOWOWプライム
8月13日(木)16:30~<字幕版>WOWOWシネマ

[『ダークナイト』トリロジー編]
『バットマンビギンズ』
7月25日(土)13:45〜<字幕版>WOWOWシネマ
8月8日(土)15:00~<吹替版>WOWOWプライム
8月14日(金)12:45~<字幕版>WOWOWシネマ
『ダークナイト』
7月25日(土)16:15〜<字幕版>WOWOWシネマ
8月8日(土)17:30~<吹替版>WOWOWプライム
8月14日(金)15:15~<字幕版>WOWOWシネマ
『ダークナイトライジング』
7月25日(土)19:00〜<字幕版>WOWOWシネマ
8月8日(土)20:10~<吹替版>WOWOWプライム
8月14日(金)18:00~<字幕版>WOWOWシネマ

『ジョーカー』
7月25日(土)22:00〜<字幕版>WOWOWシネマ
7月26日(日)22:00〜<吹替版>WOWOWプライム
7月30日(木)23:50~<吹替版>WOWOWプライム
8月7日(金)23:00~<字幕版>WOWOWシネマ
8月23日(日)25:55~<吹替版>WOWOWプライム

『タクシードライバー』
7月25日(土)24:15〜<字幕版>WOWOWシネマ

※全作品、WOWOWメンバーズオンデマンドで同時配信あり
※7月23日(木・祝)〜25日(土)はすべて字幕版
公式サイト:https://www.wowow.co.jp/joker/

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