ドラマー林立夫が語る、『東京バックビート族』の背景とスタジオミュージシャンに惹かれた理由

細野さんが聴かせてくれたマーティン・デニーが自分のなかの大きな要素

『東京バックビート族 林立夫自伝』

ーー本のなかで「地球上でもっとも好きなベーシスト」と紹介されている細野晴臣さんとの関係についても聞かせてください。2015年の矢野顕子さんのライブ(『さとがえるコンサート』)でのお二人の演奏も素晴らしかったですが、林さんにとって細野さんはどんな存在なんでしょうか?

林:付き合いも長いし、演奏のコンビネーションも自ずと出来上がっていますからね。演奏中、「自分がこうしたら、細野さんがこう来る」という感覚もあるし、やはり大きな存在です。いろんな音楽を知っているし、70年代から「こんな音楽があるよ」と教えてもらったことも多くて。本には書いてないんですけど、自分のなかで大きな要素となっているミュージシャンの一人が、細野さんが聴かせてくれたマーティン・デニーなんですよ。それ以前に細野さんが教えてくれた音楽は、自分の理解の範囲だったんです。でも、マーティン・デニーはその範囲から出ていたし、最初は「何だこれは」という感じがあって。(鈴木)茂は僕よりもその感覚が強かったでしょうね。マーティン・デニーの音楽にはエレキギターが入っていなかったから、細野さんに「こんな雰囲気でやりたい」と言われても、何をすればいいか分からなかったんじゃないかな。それをきっかけにして、僕の中で「いいものはいい」という自由度の幅が広がったんですよ。その先に“おっちゃんのリズム”(本書の伊藤大地との対談の中で細野の楽曲「Pom Pom 蒸気」に代表されるリズムについてそう形容している)につながっていくんですけどね。

ーーなるほど。細野さんや鈴木茂さんとは、今もプライベートでも交流があるんですか?

林:たまに会いますよ。まあ、10代の頃の話をすることが多いですけどね(笑)。年中一緒にいたし、「あいつがさ……」で話が通じるからラクですよ。

ーー最近の音楽シーンの印象についても聞かせてください。CDの売上の低下などにより70年代、80年代の日本の音楽にあった豊かさが失われて久しいですが、林さんはこの現状をどう捉えていますか?

林:そもそも音楽は、そんなにビッグビジネスにならないものだと思っているんですよ、僕は。The Beatlesのようないくつかのきっかけによって、音楽にまつわるビジネスがどんどん大きくなって、80年代、90年代には1枚のシングルヒットで王侯貴族のような暮らしができるようになった。でも、それは一時期だけの現象だったんじゃないかなと。時代を遡ってもクラシックの作曲家は音楽だけでは生活できなくて、貴族にパトロンになってもらっていましたよね。

 もう一つの側面は、ヒットを狙って大衆に迎合することで、音楽のレベルが幼稚になってしまったことの影響ですね。それを繰り返すことで、厳しい言い方ではありますが、そのレベルのモノしか作れない人が増えてしまったんじゃないかなと。先日、あるシンガーの録音に参加したんですが、久々にフルオーケストラと一緒のレコーディングだったんです。エンジニアは本にも登場する内沼映二さん。ドラムの音はもちろん、ヴィオラ、バイオリンも音もバッチリで、本当に素晴らしかった。おそらく若いエンジニアだったら、こうはいかないと思うんです。何が言いたいかというと、音楽制作における生産性を上げたことで、作品ごとの質が低下しているのではないかということ。そうすると、リスナーの耳も育たないですよね。それはもちろん、提供する側の責任ですが。

ーー『東京バックビート族』の最後あたりで、若い世代が活躍できる“場”を作りたいという話が出てきます。この先の音楽シーンをより良くするためにも、大事な視点だなと。

林:“場”にもいろいろあると思うんですよ。いまはインターネットがあるから、古今東西、どんな音楽も探すことができる。でも、情報を掘り下げることに気を取られて、音楽にとって一番大事な質感、風合いがないがしろにされている気もして。こちらが「これはいいよ」というガイドライン、ロードマップを作れば、それも一つの“場”になると思うんですよね。「これを聴きなさい」ということではなく、一つの楽しみ方を提供することができないかと考えています。

ーー最後に今後の林さんの活動のビジョンについて教えてもらえますか?

林:僕の知り合いで、知床で雲丹の漁師をしている人がいるんですよ。もともとはスタジオミュージシャンだったんですが、親父の跡を継いで漁師になって。禁漁の時期は、家の隣に建てたライブハウスで演奏してるみたいなんですが、そういう生き方はいいなと思いますね。昔からそうなのですが、音楽を仕事にしたくないという意識がどこかにあって。ムッシュかまやつさんの魅力も、そういうところにあったと思います。いい意味でアマチュアっぽさのある“アマフェッショナル”。リラックスしていないと、感受性は育たないですから。

ーー「いかに自分たちの音楽をマネタイズするか」ということを考えているアーティストとは、全く考え方が違うのですね。

林:そうかもしれないですね。これもムッシュの言葉なんですが、自分がやったことが良かったかどうかは、30年経たないとわからないと思うんです。いまは(新型コロナウイルスの影響で)ライブが出来なくて、ミュージシャンは大変じゃないですか。乱暴な言い方ですけど、こういう時期に音楽との関わり方について考えてみるのもいいんじゃないかなと。そのうえで能動的に行動を起こすことは、いいことだと思うんですよね。

■書籍情報
『東京バックビート族 林立夫自伝』
2月21日(金)発売
本体2,000円+税

リットーミュージック オフィシャルサイト

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