『紅白』が新しく生まれ変わる日は近い? MISIA、AI美空ひばり、2020……“未来志向”の演出面から考える

 「第70回」と「2020」。昨年2019年の『NHK紅白歌合戦』(以下、『紅白』と表記)には、両者の主導権争いがあった。つまり、過去に軸を置くか、それとも未来に軸を置くか。そして結論から言うと、圧倒的な後者の勝利に終わった。

 新国立競技場に司会の3人が登場、Foorin、そして郷ひろみへと続くオープニングから「2020」は前面に押し出されていた。それ以降もジャニーズJr.による「Let's Go to 2020 Tokyo」を挟み、終盤ではいきものがかりとゆず、さらに嵐「カイト」の新国立競技場での初披露と、「2020」を意識した流れは一貫していた。

 また「2020」に限らず、ほかにも未来志向を感じさせる場面は多かった。

 その象徴は、AIによる美空ひばりの“復活”だろう。

 『紅白』の歴史を代表する歌手のひとりである美空ひばりを登場させるのであれば、過去の映像を中心にすることもできたはずだ。だが、そうしなかった。しかも姿と歌声を再現するだけでなく、わざわざ新曲「あれから」を制作したところに端的に未来志向が表れていた。

 また、個々の場面だけでなく、番組全体のつくりにも従来のスタイルから脱却しようという未来志向は感じられた。

 ただしそれは、いま始まったことではない。特に2010年代以降の『紅白』は、歌合戦というよりもある種の総合エンタメ番組になりつつある。

 今回も、恒例となっている水森かおりのイリュージョンや三山ひろしのけん玉世界記録挑戦のようなアトラクション的趣向あり、『LIFE!~人生に捧げるコント~』をベースにしたかなり長めのコントあり、さらにPerfumeのステージのように最新テクノロジーを駆使した視覚効果ありと、ジャンルを問わず多彩なエンタメが盛り込まれていた。

 そんな総合エンタメ化の流れのなかでも特に目立つのは、2013年のNHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』、2014年の映画『アナと雪の女王』、2016年の映画『シン・ゴジラ』など、その年に話題になったコンテンツをフィーチャーした構成である。

 そして今年はなんといっても、ワールドカップの快進撃で日本中を熱狂させたラグビーがそうだった。すでにおなじみとなった日本代表のメンバーたちは、ひとつのコーナーだけの登場ではなく、番組中何度もインタビューを受け、チームソング「ビクトリーロード」を自ら歌い、特別企画として松任谷由実が歌った「ノーサイド」に聞き入った。Little Glee MonsterやDA PUMPのラグビーにまつわる楽曲や演出もあった。同じスポーツということで「2020」と結びつけやすかったこともあるだろう。

 こうした『紅白』の総合エンタメ化は、決して音楽をないがしろにしているわけではない。むしろその根本には、いまの時代に音楽をいかにテレビで伝えるかという強い問題意識がうかがえる。

 音楽的嗜好の細分化やインターネットの普及とともに、かつての歌謡曲全盛期とは異なりヒットのしかたも一通りではなくなった。テレビの歌番組を見ていれば最新のヒット曲が自ずとわかる時代ではない。CDの売り上げだけでなく、配信での売り上げ、YouTubeなど動画共有サイトでの再生回数、ライブの観客動員数などヒットの基準ももはや一様ではない。

 実際、インターネットでの音楽活動から注目された米津玄師の存在を一昨年の『紅白』で初めて知った視聴者も少なくなかったはずだ。しかし、今回は自身のパフォーマンスこそなかったものの、Foorin「パプリカ」、菅田将暉「まちがいさがし」、そして先述の嵐「カイト」をすべて作詞・作曲・プロデュースし、嵐との対話や本人のコメントがVTRで流れるなど、早くも『紅白』に欠かせないアーティストになった感がある。

 つまり、音楽番組としての『紅白』は、すでに知っている曲を改めて聞くのではなく、そこで初めて聞くような多様な音楽と出会う場になっている。そして、ある歌手やアーティストがより広く知られるようになるきっかけの場になっている。その点、『紅白』の総合エンタメ化は、バックグラウンドの異なる多様な音楽を集めてなおかつ世代を超えた視聴者を惹きつけるための必然的な選択だった。言い換えれば、多様化する音楽の現状を踏まえたうえで『紅白』のあるべき未来を模索した結果だった。

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