『バーチャル・ポップスター』特別対談
ボカロP Mitchie M×イラストレーター 美樹本晴彦 特別対談 初音ミクを通じて交わした創作への熱意
Mitchie Mが、ニューアルバム『バーチャル・ポップスター』を11月6日にリリースした。既発曲のほか、自主制作盤のみに収録されていたレア曲、初公開となるタイアップ曲のフルバージョン、完全未発表のオリジナル曲などが収録されている。
6年前にリリースされた1stアルバム『グレイテスト・アイドル』は貞本義行がアートワークを担当していたが、同作では『マクロス』シリーズや『甲鉄城のカバネリ』などのキャラクターデザイン・原案を手がけた美樹本晴彦による初音ミクが描かれている。VOCALOIDのサウンドを人間の歌声のようなクオリティにまで引き上げる神調教師・Mitchie Mと、“架空のアイドルキャラクター”の先駆けとも言えるリン・ミンメイ(『超時空要塞マクロス』登場キャラ)を生み出した美樹本にとって、初音ミクとは如何なる存在なのか。今作の制作秘話を聞いた。(編集部)
「美樹本先生独特の色気がある」(Mitchie M)
ーーまずはこのコラボレーションが立ち上がった経緯から聞かせてください。
Mitchie M:今回のアルバムは『バーチャル・ポップスター』というタイトルなのですが、これは近年、VTuberも含めてバーチャルキャラクターに勢いがあり、その象徴的な存在は初音ミクだろう、というところから決めました。そのジャケットのアートワークを考えたときに、やっぱり元祖バーチャルアイドルのリン・ミンメイ(『超時空要塞マクロス』)を手掛けられた、美樹本先生にお願いできたら一番だと思ったんです。先生の作品は海外での人気も高いですし、僕の楽曲も海外のリスナーが多いので、実現したら日本だけでなく海外の初音ミク・ファンにも楽しんでもらえるかなとも思いました。
ーー美樹本さんは、もともと初音ミク、ボーカロイドというカルチャーについてはご存じでしたか?
美樹本晴彦(以下、美樹本):もちろん知ってはいたのですが、積極的に聴いたり、自分から情報を集めるという感じではありませんでしたね。ただ、以前に『メガゾーン23』という作品で、人間と見せかけて実はCGだった、というアイドル「時祭イヴ」というキャラクターを描かせていただいて、当時非常に面白いアイデアだと思っていました。のちに初音ミクが登場したときは、時代が追いついたというか、「イヴが元祖なのに!」なんて、冗談でよく話していましたね(笑)。
ーー一そんななかで、ある意味でボーカロイドシーンの象徴的なクリエイターであるMitchie Mさんからオファーがあったわけですが、どう受け止めましたか?
美樹本:変な言い方ですが、やっと来てくれたか、みたいな感じはありましたね。僕、けっこう自分が手がけたキャラクターでなくても、お仕事の依頼をいただくと喜んで描くタイプなんです。例えば、アニメーションのエンドカードとか。
ーーなるほど。初音ミクも、手がけてみたいモチーフではあったのでしょうか。
美樹本:もちろん。ただ、本当に多くのクリエイターさんが描かれてきたキャラクターなので、プレッシャーもあって。だから、今回描くにあたっても、やはりラフの段階で相当悩みましたね。特に最近は若い方がとにかく巧いので、ちょっとまいったなと。同じ土俵に乗って、例えばストレートに可愛い絵を描いてもダメだなと思ったりもして、可愛さを全面に出す絵作りとは少し違ったものにしようとは考えました。
ーーミクの憂いを含んだ表情が印象的です。Mitchie Mさんは、事前にどんなオーダーをしたのでしょうか。
Mitchie M:細かい指定はまったくしていないです。初音ミクの特徴である髪飾りやニーハイだけ活かしていただければ、あとは美樹本先生のアイデアで制作していただこうと。
美樹本:背景も自由につけていい、というお話をいただいて。当初は、普通に日常的な背景のイメージを持っていたのですが、そんななかで、海外アーティストのジャケットで、卵と光をモチーフにしたものを見て、インスピレーションを受けたんです。初音ミクはビジュアルの面でも、ユーザーの方がどんどんアップデートしていったキャラクターですし、今までもこれからも、いろんなところで“生まれ続ける”という意味で、卵というモチーフがしっくりきて。
Mitchie M:ラフの時点から「ものすごいものが出来上がってきたな」という感じだったんです。あとはやっぱり、この半開きの目は予想外でしたね。「アイドル」というとパッチリした目の印象がありますし、こういうミクはあまり見たことがなくて、かなり新鮮でした。
ーー美樹本さん、この表情についてはいかがでしょう?
美樹本:実は最近、イラストを描くときにパッチリ系で少し今風のものを意識することが多かったんです。ただ、絵画の展示販売を手がけるARTVIVANTさんの担当の方と話していたら、「うちには昔から美樹本さんの作品を見ているファンがいらっしゃるので、憂いを含んだ、伏し目がちなものも懐かしがってくれますよ」と。それで、もともと描いていたものに少し戻していったら、やっぱり僕らしくていいんじゃないか、というお話をいただいたりして。今回、ミクを描くにあたっても、何を持って自分らしいイラストかと考えて、こういうテイストにしました。
Mitchie M:やっぱり美樹本先生独特の色気みたいなものが、この目に出ているなとすごい感じました。あとは、このゴスロリっぽい衣装も意外でしたね。これもストレートなアイドル像からは少し離れていて。
美樹本:BABYMETALのようなアイドルも支持されているし、こういうのもいいんじゃないかなと。あとは、しばらく『甲鉄城のカバネリ』の仕事をしていて、あれは和服ですけど、どうしても肩を出して、コルセットを締めてミニスカート、という構成にしばらくとらわれてしまって。ミクをゴスロリっぽくしたのは、最近手がけた仕事とあまり似ないように、というところもありました。
ーーなるほど、そういう事情もあったと。あらためてMitchie Mさん、仕上がったアートワークをご覧になってどうでしたか。
Mitchie M:最初は「マジカルミライ」用に作った特典のポスターという形で見たんですけど、やっぱり大きい印刷物になるとすごいですよね。本当に細かいところまでこだわりがあって。
美樹本:でも、描いた本人からすると、刷り上がったものを見てアラに気づいてしまったりするので、けっこう辛いんですよ(笑)。もちろん、気づいたところは極力修正させていただいているんですけど、やっぱり直しきれなかったり、あとから気づいてしまうこともあって。
Mitchie M:同じように、僕も出来上がった後で「ここをこうすればよかった!」と思うことがあります(笑)。
ーーデータ上で直せてしまうからこその苦悩もありそうですね。演奏し直し、ということであれば諦めもつきそうですが。
Mitchie M:そうですね。データ上では修正できるのに、もう納品してしまって直す機会がないとなると、また細かい部分が気になったり。
美樹本:そうそう。クリエイターでも、タイプが分かれるんですけどね。例えばアニメーションの監督でも、機会があるたびに直せるところは少しずつ直したい、という方もいるし、あくまでその時のものだから、と割り切る人もいて。
ーーそんななかで、お二人は最後の最後まで気になって直してしまうタイプだと。
美樹本:直せる機会があれば、その度に直してしまいますね(笑)。
Mitchie M:でも聴く側/見る側にとっては全然気にならない部分だったりするんでしょうね。
美樹本:そうなんですよ。「え、どこが変わったんですか?」って(笑)。