「音楽のプロフェッショナルに聞く」第13回

姫乃たまが大木亜希子に聞く、アイドルの“セカンドキャリア”の築き方「いくつになっても再生可能」

卒業後、“元アイドル”の呪縛

姫乃:保育士になった藤本美月さんみたいに、アイドル時代のファンが動向を把握できないセカンドキャリアもあるじゃないですか。大木さんがそういう職業を選ばなかったのには理由があるんですか?

姫乃たま

大木:15歳の時から大手の事務所に所属していて、人から評価されたり、SNSの投稿を見られたりするのが当たり前の生活だったんですよね。だからアイドルを卒業して地下アイドルを卒業した後も、書くことでまた自分という人間を表現できるかもっていう意識はあったかもしれないです。

姫乃:あっ、地下アイドルをされてたんですね。

大木:そうなんです。今日はそれも会話のフックになるかと思って。SDNを卒業してから1年半くらいアキバ系のレーベルで歌ってた時が……。

姫乃:SDNから地下アイドルになるのって抵抗なかったですか?

大木:おっしゃる通りで、SDNの時は西武ドームで何万人動員して、AKBさんのお力もあって武道館とかそういうステージで活動できて。でも地下アイドルになったら、いまでも覚えてるのが吉祥寺のクラブでアイドルイベントに出演して、お客さんが3人しか来なかったんです。

姫乃:わー、スタッフの人数より少なーい! ってなりますね。

大木:おぉ、そうか。これが“今の現実”なんだなと思って。案外、冷静でした。でも、もうこのままやってもファンは目減りする一方で、自分はどうなるんだろうって。いまからアイドルとして花開くって、25歳で年齢的にもないなと思って次の仕事を決めたんです。

姫乃:ライターになったのもアイドル時代にファンの人が文章を褒めてくれたからだったりして、救われますよね。

大木:すごく見てくれてるんですよね。しかも鋭いから。アイドル時代はSNSで自己表現をすることで浄化していた気持ちもあります。

姫乃:常に人に見られてることが苦しくなったりしなかったですか?

大木:ペルソナとして、タレントの亜希子っていう自分がいて。学校でもいつもにこにこしながら女優もやって、周囲のメンバーと競争しながらアイドルもやって、本当の自分はどこにいるんだろう、って時期が18歳から24歳くらいまで続きましたね。

姫乃:もはやファンの人のほうが自分のことに関して鋭かったり、自分のことってわからなくなっちゃいますよね。

大木:自分が自分に納得してないから自信もなくて。卒業した後も食事の席で会う男性に「元アイドルです」とか「元48グループです」って言っちゃう時期がありました。

姫乃:でもいまこうして、元アイドルの方を追う本を書いたり、大木さんはバランスがいいんだろうなあと思います。

大木:ありがとうございます。私はバランスがよかったわけではなくて、会社員になったのがよかったのかもしれないです。「しらべぇ」に入ったその日から、必ず1日数本の記事を書くのがルーティーンになったので。さすがに会社員という立場では、家でだらけてるわけにもいかないから。

自分に合った仕事を探して

姫乃:会社員からフリーライターになったのは何かきっかけがあったんですか?

大木:会社には3年間いたので、学んだスキルを元に自分の実力を試したいっていうのがありました。あとはまだ元アイドルの呪縛に苦しんでいたので、上司や同僚が優しくしてくれても、元アイドルだからもっと頑張らないといけない、とか自分で勝手に思い込んでいた時期があったんです。それで文字通り一歩も歩けなくなってしまった日があって、それを境に怖いけど1人で進んでみようかなって。去年の6月に退社した時は、まだ一個も仕事がなくて震えました。

姫乃:会社の仕事を引き継ぐわけにはいかないですもんね。

大木:それは礼儀としてしてはいけないと思っていたので、退社した翌日からライター交流会とかに顔を出して、その日のうちに女性向けメディアで一本連載が決まりました。アイドルやって、“なにくそ根性”を培ってたから自分の売り込みは怖くなかったです。ありがたいことにいまは東京で1人が暮らしていくくらいにはなんとかなっています。

姫乃:これまでは女性ファンもいるけど主に男性に向けて活動してきたわけで、女性向けメディアでの連載って緊張しませんでしたか?

大木:私が女性向けメディアで書いて読者がつくのかなって思ってました。でもやるしかないと思って書いたら結構共感をいただいて、女性ファンがいるいないにかかわらず、自分のいまの等身大のことを書けば読者は見てくれているんだなって思えたんです。

姫乃:私もnoteに書かれていた、まさに等身大の文章で大木さんのことを知りました。

大木:婚活に焦ってた時のこととか、男の人とご飯に行って失敗した話を書いたらすごい拡散されて(笑)。こういう失敗談ってずっと墓場まで持って行こうと思ってたけど、みんな同じことで悩んでいるんだったら、それを提唱していけるライターになりたいって思いました。それからはどちらかというと女性に寄り添ったライターになりたいと思っています。まあ男女関係ないですけどね、心の悩みは。

姫乃:等身大の自分かあ。地下アイドルを卒業して10年ぶりに社会に戻ってきたので、20代後半になってる自分に戸惑う瞬間がまだまだ多いです。

大木:私はこれから30になる歳なので、恋愛についてとか収入、結婚問題とか30代女性の生き方に切り込んで書いていきたいと思ってます。そうなるとアイドルの時には触れられなかったネタに触れることになるじゃないですか。アイドルの時の私を知ってる人からしたら、リアルな内容でごめんねって思うことも書くかもしれないんですけど、アイドルの子たちだってみんなそこは通過点だから、そういう風にしていかなきゃいけないと思うんですよね。60歳になっても「好きな人はいません」って言うのは……。

姫乃:そこまで貫けたら天職ですけど、なかなか全員そういうわけにもいかないですもんね。年齢に応じてライフスタイルを変化させていくのって気力がいるけど、ファンの人たちもいつまでも同じままでいてくれるわけじゃないですし、一緒に変化しながら長い人生を楽しめたらいいですね。

元アイドルの“逆襲”

姫乃:本に登場している8人の女性たち、みんなものすごくきちんとしていますよね。大木さんの選んだ人だからかなあ。

大木:転んでもただでは起きないというか、どの子も思い通りにいかなかった時の再生力がめちゃくちゃ強いんです。

姫乃:印象的だったのが元SDN48の三ツ井裕美さんで、メンバーとしての活動と48グループの振付師を兼任していたので、卒業してからも夢だったアイドルへの執着が残っている。でも振付師としての仕事に折り合いをつけてすっきり進んでいく姿勢が凄まじいと思いました。

大木:SDNの時代から一緒で、ライブに振付師として同行してた時も見ているので、きっと何度も自尊心が崩壊する瞬間があったと思うんですよね。でもそれをどう立て直すかの繰り返しじゃないですか、私たちって。崩れて、また立て直して。

姫乃:そういえば、そうですね。すでにちょっと油断してました。元アイドルになってからの人生も、再生力を持ち続けていかないとなあ。

大木:この本を読んで、こういう女の子たちが8人いて、アイドルを終えた後もかけがえのない人生を日本中のどこかで過ごしてるんだよって知ってもらいたいです。この先もアイドルやったけど売れなかったとか、いろんな子が出てくると思うんだけど、腐らずに、もしくは一回腐ってもいいから、人ぞれぞれ花咲く時期は違うので、いくつになっても再生可能なんだよって言えるようにしたいです。

姫乃:これからもっと職業が細分化して、人生の在り方も多様化していくと思うので、すでになかなか同じ境遇の人には会えないですが、今日は大木さんに会えて嬉しかったです。元気になりました。

大木:私自身、アイドルとしては花が咲かなかったけれど、ライターとしては誰かの励みになれるかもしれないって思っています。だから、ライターとしては売れたいです。いや、売れたいというよりは……、生きづらい思いをしている誰かの気持ちを代弁できる力を持ちたい。それだけです。最近きれいごとじゃなくて、そう思うんですよね。だからこのセカンドキャリアは“逆襲”です。

姫乃:うふふふ。今日はありがとうございました。

(写真=本 手)

■姫乃たま(ひめの たま)
1993年、東京都生まれ。10年間の地下アイドル活動を経て、2019年にメジャーデビュー。2015年、現役地下アイドルとして地下アイドルの生態をまとめた『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)を出版。以降、ライブイベントへの出演を中心に文筆業を営んでいる。
音楽活動では作詞と歌唱を手がけており、主な音楽作品に『パノラマ街道まっしぐら』『僕とジョルジュ』、著書に『職業としての地下アイドル』(朝日新聞出版)『周縁漫画界 漫画の世界で生きる14人のインタビュー集』(KADOKAWA)などがある。

ウェブサイト

大木亜希子『アイドル、やめました。AKB48のセカンドキャリア』

■書籍情報
著者:大木亜希子
『アイドル、やめました。AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)
1,512円(税込)
発売中

関連記事