中国ではアイドル元年から戦国時代へ突入 人気配信番組が続々登場する背景に迫る

 まさかこの私が、中国の推しメンに票を入れる毎日が来るとは想像もしていなかった。毎日サイトを開き、WeChatのIDから入り、目の前に並ぶ100名のイケメンのうち、私の推しメン9名に一票ずつ票を入れているのだ。「頑張れ!」「あがれ!」そんなことを思いながら、ポチりと一票ずつ入れていく。気分はすっかり、「我が子を応援する母」または「お気に入りのホストにはまる女」のような感じだ。

 一体、何のことを言っているかというと、今年1月21日から中国の動画配信サイト「愛奇芸(アイチーイー)」でスタートしたオンラインのアイドルバトル番組『青春有你(Qing Chun You Ni)』に出演しているアイドル候補生への投票のことだ。『青春有你』は直訳すると「青春に君ありき」といった感じだろうか。ちょっと昭和感ただようタイトルだが、中国の番組タイトルはこういう4文字、5文字が結構定番だったりする。また、番組を見て知ったのが、中国語の新しい用語だ。これまで中国語でアイドルと言えば「偶像」だったのに、去年からか「愛豆(アイドウ)」という、発音が「アイドル」っぽい新語が登場した。さらには、「男飯」「女飯」も。何これ? と思ったが、中国語で「男飯(ナンファン)」は「男性ファン」「女飯(ニュウファン)」は「女性ファン」なのだ。

『青春有你』100名の候補生とメインナビゲーター(写真提供=愛奇芸)

 2017年は中国ヒップホップ元年だったことは以前のこちらの記事で書いたが、2018年は中国アイドル元年だった。そして、今年2019年はそのアイドル元年が一気にヒートアップし、“アイドル戦国時代”に突入しているのだった。

 2018年のたしか2月だったと記憶している、上海にいる中国人の友人から「知ってる? 今、中国の若い子にムッチャ人気のアイドルバトル番組があるんだよ」と聞いた。番組の名前は『偶像练习生(Idol Producer)』。2018年1月に初回の放送がスタート。2000年の初め、中国では歌のバトル番組がヒットし、そこから国民的アイドル歌手が誕生したのは知っていた。でも、アイドルのバトル番組が流行っているとは知らなかった。今の中国アイドルってどんな感じだろう? という興味と、いやいや、どうせダサかったりするんでしょ(失礼ながら)という疑いの半々の気持ちを抱きながら番組を見てみた。いやー、これはヤバい。私の失礼な思い込みは、気持ちよく裏切られ、もう、ただただ「ヤバイ!」のだった。全体的に豪華すぎるほどお金がかかっているのがわかるし、そして、なによりも出演者の男子がみんな“イケメンで色白で背が高くて礼儀正しい”のだ。

『偶像练习生』100名はこのピラミッドの上を目指していく(写真提供=愛奇芸)

 しかも、番組全体のつくりがオシャレ。正直、以前私が知っていた中国のテレビ番組といえば、セットや出演者の衣装がイケてなくて、どこか残念な感じがした。そこで止まっていた私は、『偶像练习生』に登場するアイドル候補生の男子たちが着ている衣装、指導者兼審査員である芸能人が着ている服がちゃんとコーディネートされた、イケてる服なことにびっくりした。また、セット、カメラワーク、編集も、私が知っている過去の番組の残念な面影は全く存在していなかった。そして、何よりも(大事なことなのでもう一回言うが)登場している100名の男性アイドル候補生が“イケメン”“細い”“色白”“背が高い”そして“礼儀正しい”のだった。身長は170cmから192cmの男子が参加していた。私が知っている中国のアイドルは、どちらかといえば筋肉質でワイルド系のイケイケな感じが多かったと記憶している。しかし、この番組に登場する男子はみんな、言ってしまえば“韓国アイドルっぽい”のだった。

 中国でも数年前から韓国アイドルブームが起きていることは知っていた。日本でもおなじみのBIGBANG、BTSは中国でも一定のファンがいる。調べてみると、やはり韓国のアイドル文化の影響があり、アイドルを目指し、韓国で歌やダンスのレッスンを受ける中国男子が増えているらしい。

『偶像练习生』100名で歌って踊るテーマソング(写真提供=愛奇芸)

 『偶像练习生』は、中国国内から集まった審査に通過した100名のアイドルを目指す男子が主人公。番組が終わるまでのあいだ『テラスハウス』さながら、共同生活をしてレッスンにあけくれ、様々なお題に答えていくというリアリティーショーだ。公演でのダンスのレベル、歌唱力、表現力などが評価になり、最終的に残った9名が1つのアイドルグループとしてデビューする。歌唱力でいえば、正直、日本のアイドル以上に上手いのも驚きのひとつだった。そして、ファンの心を掴むのは、オンラインで自分の“推しメン”に票を投じることができるということ。視聴者の一人ひとりがタイトル通りの“アイドルプロデューサー”というわけだ。その一票も、男子一人ひとりのデビューに近づくための重要な一票なのだ。

 中国のメディアの情報によると、『偶像练习生』は初回の放送1時間で、1億ビューだったそうだ。そう、1億。でも、よく考えてみれば、中国人の人口は13億を軽く超えている。1億は十分にありえる。番組に登場する男子は、一番年下で18歳、年上で27歳だったと記憶している。27歳の男性に対し、残りの男子たちはみな「兄さん」と呼び、時に慕い、時にレッスン後の身体を心配する。指導者でもある彼らの憧れの芸能人がレッスンの様子を見に来ると、今の日本人もすでにしなくなった90度の角度でお辞儀をし、「老师好(先生お願いします)」と声を揃える。

90度の綺麗なお辞儀も圧巻だ(写真提供=愛奇芸)

 「え? 私が知っている中国の若い子ってこんなだっけ?」。私の知り合いの大学生の中国人もさすがにここまでのお辞儀はしない。どうもここにも韓国のアイドル文化の影響があるようだ。韓国社会は上を立て、礼儀に厳しい。韓国のアイドルグループが先輩に会ってビシッと90度に腰を曲げているのは、動画で見たことがある。

 2018年4月6日、『偶像练习生』の最終回は生配信され、その舞台で最終的に残った9名で結成されたアイドルグループ・NINE PERCENT(ナイン・パーセント)のデビューが決定した。その日から、テレビ番組、オンライン番組、CM、雑誌などで彼らの姿を毎日見るようになった。2018年、中国で最も稼いだ、最もメディアへの露出度の高いグループだったのは間違いない。ただ、このグループは1年半という期間限定のグループ。あと半年でNINE PERCENTは解散するが、個々の人気も高いので、解散後も9名の人気は衰えることはないだろうとみている。

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