『温泉むすめ』プロデューサー橋本竜が語る、メディアミックスと地方活性化における“音楽”の重要性

『温泉むすめ』Pが語る、音楽への情熱

 『温泉むすめ』は、日本全国の温泉をモチーフにしたキャラクターが、全国の温泉地を盛り上げるべくアイドル活動を行い、歌と踊りで人々に“笑顔と癒し”を与えるメディアミックスプロジェクト。2016年11月よりプロジェクトがスタートし、当初は人気イラストレーターの書き下ろしによるキャラクターが次々と登場することで話題を集め、そこからそのキャラクターボイスを担当する声優がリアルライブやイベントといったアイドル活動を行うことで着実にその規模を拡大(12月5日現在、112人の絵師と112人の声優がキャラクターを担当している)。これまで有馬温泉、別府温泉、道後温泉といった温泉地とのコラボはもちろん、地方活性化に繋がるイベントやグッズを展開している。

 また、音楽面でも第一弾のSPRiNGSを筆頭に個性豊かなグループが登場。12月25日には、新グループとしてOH YOU LADY?のシングル『レイニーボーイフレンド』、初のソロプロジェクト・大手町梨稟のシングル『Passionate Journey』、配信アルバム『Diversity』がリリースされる。

 リアルサウンドでは、『温泉むすめ』の発起人であり、総合プロデューサーの橋本竜氏にインタビュー。『温泉むすめ』が始まった経緯、現在までの手応えや苦労を振り返りつつ、プロジェクトの中で一番プライオリティーが高いという楽曲や衣装制作、ライブにおけるこだわりについて語ってもらった。(編集部)

なぜ温泉を擬人化したのか?

『温泉むすめ』キービジュアル

ーー『温泉むすめ』は「地方活性クロスメディアプロジェクト」と銘打って2017年3月にプロジェクトを本格スタートさせましたが、二次元コンテンツと地域振興を結び付けた試みは近年よく見られるなか、『温泉むすめ』は特定の地域・都市ではなく全国各地の温泉地とコラボするユニークな取り組みを行われています。そもそもこのコンテンツを立ち上げたきっかけは?

橋本竜(以下、橋本):自分は福島県郡山市の出身なのですが、まず第一に震災の影響で来訪者が少なくなった地元に人を呼び戻したい気持ちがあったんです。そこで当時、何か良い手段はないかと考えていた時に、『ガールズ&パンツァー』という作品に出会って、アニメコンテンツに人を集める力があることを知りまして。その後、縁があってKADOKAWAに入社したのですが、そこでアニメ作品を担当するなかで『艦これ(艦隊これくしょん -艦これ-)』に出会い、擬人化のおもしろさにも気づいたんですね。仮にオリジナルのキャラクターコンテンツを作るとしたら0から創作するのは大変ですが、擬人化であればある程度の土台があります。そこで『ガールズ&パンツァー』のように地域に根付いたコンテンツと擬人化を組み合わせることで何かできないか、と思うようになったんです。

ーー当初は地元である福島の活性化をめざしていたものが、なぜ全国規模の展開に拡大したのでしょうか?

橋本:例えば『ガールズ&パンツァー』は大洗、『ラブライブ!サンシャイン!!』は沼津の地域活性のきっかけになりましたが、どちらも作品の舞台がたまたまそこだったとも言えます。しかし、日本には福島の他にも人の減少で困っている地方都市がたくさんあります。さらに2020年には東京オリンピックの開催を控えてインバウンド需要が加速しているなか、それなら日本全国に注目の範囲を広げてコンテンツの力で何かできないかと考えるうちに、全都道府県に存在する温泉の擬人化というアイデアを思いついたんです。温泉は日本ならではの文化ですし、調べてみると全国で3,000カ所の温泉地があるということだったので、「全国を網羅したら3,000キャラも作れるのでネタに困らない!」と思いまして(笑)。

温泉むすめメンバー、有馬温泉でロケを行う模様

ーー橋本さん自身に地域の活性化に対する強い想いがあったんですね。

橋本:自分は東京に出てきてから故郷に錦を飾りたいという思いは常に持ってますし、地元にいる時は周りから人を巻き込みたがる変な人と思われてたんですけど(笑)、そういう変わった人間こそが地域の良さを知らしめる宣伝広報的な役割を担うのがいい、という勝手な義務感のようなものを感じていまして。地方の方は人を呼び込むことに対してあまり慣れてないところがあるんです。例えば、良い旅館、良い食事、良い酒を用意すれば自然とお客さんが来てくれるという、受け身のところがあるんですね。それだけでは今の時代、お客さんは来てくれない。そこで我々が宣伝に使える素材とコンテンツを無償(ロイヤリティーフリー)で提供して、地域の方々が集客に繋がるきっかけとして活用していただければ、と思ったんです。

ーー『温泉むすめ』には2018年11月現在で112の各温泉地をモチーフにしたキャラクターがいますが、その各キャラすべてに別々のイラストレーターと声優を起用しているところも大きな特色です。要するに現時点で112人の絵師と112人の声優がこのコンテンツに関わっているわけですが、試みとしてユニークとはいえ費用や労力の面で相当大変なのでは?

橋本:たしかに始める前から何となく厳しい戦いになるだろうとは思っていました。ただ、『温泉むすめ』を他のコンテンツと差別化するために、よりたくさんの人を巻き込みたかったんですね。例えば、イラストレーターさんも声優さんも一人一人がSNSをやってらっしゃると思うので、その皆さんが『温泉むすめ』についての情報を告知することで、今なら合計で数千万人ものフォロワーに情報が拡散する可能性がありますし、もちろん先行投資だけでもかなりの費用がかかっていますが、それも後から必要になるプロモーション費用と考えればと思いまして。さらに弊社はキャスティング会社もグループに持っているので声優さんについてはそちらで対応できますし、イラストレーターさんの選定についても、イラストやシナリオの制作会社を持っているだけでなく、自分自身がコミケにも通ったりしてある程度の造詣はあったので、自分がいいなあと思った方に直接コンタクトをとって一人一人にキャラクターデザインをお願いしたんです。そうやって最初にコンテンツの基礎をしっかり作っておけば後々楽になりますし、コンテンツを立ち上げる時から、長く愛されるコンテンツを運営するためにはこの部分はマストだと思っていました。

ーーそういう意味ではある種の勝算があったんでしょうか。

橋本:勝算は正直なかったです。ベンチャーキャピタルを何十社と回って、その度にコンテンツだけに頼るビジネスモデルは博打がすぎると酷評されて。最終的には運良く個人のエンジェル投資家やベンチャーキャピタルに出資いただいたのですが、もし初期投資の段階で資金が集まらなかったら解散していたと思います。そこは「温泉を使って地域活性化を行う」という『温泉むすめ』のテーマ自体が投資家の皆さんに共感いただけたところもあったでしょうし、海外で日本のアニメや漫画などのコンテンツの人気が高いという時代性もあって、コンテンツビジネスの将来性に期待していただけたんだと思います。

地域の人との連携で長く続くコンテンツに

温泉むすめ×有馬温泉「元湯龍泉閣」コラボを展開

ーー『温泉むすめ』のプロジェクトが発足してから約2年になりますが、現時点での手応えはいかがですか?

橋本:立ち上げ当初は東京オリンピックが開催される2020年までに、4年ほどかけて何とか形にしようという計画だったんです。『ガールズ&パンツァー』の成功例を見てもわかりますが、コンテンツで地域活性を行うには地域の皆さんの協力が不可欠だと思いますが、地域にコンテンツのことを理解して受け入れてもらうためには、やはり数年単位はかかると思うんです。

ーーというのは?

橋本:自分はKADOKAWA時代に本の情報誌である『ダ・ヴィンチ』編集部にいたんですが、その時にアニメ化されたことで舞台となった地方にたくさんの人が聖地巡礼に訪れたんですが、それを受けて地元の人たちがキャラクターのグッズやポップを作っていたら、アニメの放送が終わった瞬間に元の閑古鳥の状態に戻って寂しい思いをした、という話を取材で聞いたことがありまして。であれば、コンテンツ自体が一過性のものではなく、長く続くことが必要ですし、そのためには地元の人とコミュニケーションを取りながら一緒に作り上げなくてはならないし、時間も労力もかかると思ったんです。

ーー地方団体や企業サイドから好反応を得られている一方で、『温泉むすめ』というコンテンツ自体のファンやお客さんからの反響はいかかでしょう?

橋本:『温泉むすめ』は20代から30代の若い方々がファン層の中心なのですが、その世代の中には温泉に行ったことのない人が結構いらっしゃるんですね。それが声優さんを入り口に『温泉むすめ』のコンセプトを知って、温泉地に行ってみようと思われる方が増えていることを実感していまして。SNSを見てると毎週「今日は〇〇温泉に行ってきた!」と聖地巡礼されてる方がとても多いんです。

温泉むすめ×平安神宮(京都)でコラボグッズを販売

ーー『温泉むすめ』というコンテンツを通じて、温泉や旅の魅力に気づくわけですね。

橋本:最初は「若い人の旅離れをどうするか?」という課題もありましたが、そこは『ポケモンGO』のブームが背中を押してくれたところもありまして。ああいう形のお出かけが前提のゲームが流行るのであれば、スマホ世代の人もきっかけがあれば出かけてくれると思ったんです。温泉の良さというのは、入浴すれば絶対にわかるものです。だから、今では温泉に入りたいから『温泉むすめ』のイベントに行ってる、というふうに目的が逆になってきている方もいるようなんです。さらにはファンの方が地元の方とコミュニケーションをとったり、自発的に動かれてることも多くて、そういう意味で温泉むすめがきっかけとなった輪が広がってますし、キャラクターが全国にいることでいろんな接点をコンテンツを通して作れてると思います。

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