『初恋』インタビュー

宇多田ヒカルが語る、“二度目の初恋” 「すべての物事は始まりでもあり終わりでもある」

 今年、デビュー20周年イヤーに突入した宇多田ヒカルが、通算7枚目となるオリジナルアルバム『初恋』をリリースする。

 これは彼女のディスコグラフィにおいて、初の日本語を冠したアルバムタイトルであり、今なお愛聴されている、1999年の彼女の1stアルバム『First Love』を想起させるタイトルでもある。

 急逝した実母に捧げられた前作『Fantôme』から1年9カ月。リアルサウンド二度目の登場となる今回のテキストでは、アルバム完成直後に行われたオフィシャルインタビューから、今作の制作風景や参加アーティストに特化した発言を中心に構成した。

 前作から、さらには衝撃的だった1998年のデビュー時から今日までの間で、彼女の中で変わったこと/変わらないこととは何なのか。そして20周年というひとつの節目を、いまどのような心境で迎えているのか。

 “二度目の初恋”を迎えた彼女に、現在の率直な思いを聞いた。(内田正樹)

「恋の始まりとも終わりともとれるように書いた」

――アルバムタイトルの『初恋』は、1stアルバムの『First Love』を想起させますね。

宇多田ヒカル(以下、宇多田):自分でも象徴的なアルバムタイトルになったと思います。もちろん、『First Love』と『初恋』の間にはいろいろな流れを経ているんですけど、その一方で、私としては特にスタンスを変えたつもりもなく、むしろデビューの頃から今まで、自分が歌っている主題は、基本的にあまり変わっていないと思っていて。そうした想いの中で、かつての『First Love』からの今回の『初恋』という対比が、自分の中ですごくしっくりときました。

――その主題をあらためて言葉にすると?

宇多田:人は生きていく上で、最終的には他者との繋がりを求めますよね。浅いものから深いものまで。その関係性の築き方には誰しもモデルがあって、それはやっぱり最初の原体験というか、自分を産んでくれた人なり、面倒を見て、育ててくれた人たちとの関係だと思うんです。それがその人の一生の中で、おそらく多くの場合は無意識に作用して、他者との関係性に影響していく。その無意識の影響を紐解いては、「何故なんだろう?」と追求したり、時には受け入れようとしたりする。それが私の歌詞の大体のテーマだと思うんです。

――アルバムは「Play A Love Song」から始まります。この曲の歌詞の一部は、ご自身も出演している清涼飲料水のCM撮影の際に訪れた雪原で浮かんだそうですね。

宇多田:雪の中にいたせいか、〈長い冬が終わる瞬間〉というのがぱっと浮かんで。『Fantôme』には喪に服しているような緊張感があったけれど、今回はそこからの雪解けというか、春が訪れたような生命力や開放感みたいな方向へ向かっていたので。これは今回のすべての曲に通じるんですが、〈長い冬が終わる瞬間〉というのは、それが良かろうが悪かろうが、“すべてはいずれ終わる”という考えに繋がっていて。“諸行無常”という分かり易い仏教の言葉があるけれど、それを理解して受け入れることというのは、そんなに簡単なことじゃないよねっていう。今回はそういう思いが詰まったアルバムでもあります。

――そう思いました。いくつもの“始まり”と“終わり”が詰まったアルバムだなって。

宇多田:そう感じてもらえたらうれしいです。たとえば「初恋」という曲も、恋の始まりとも終わりともとれるように書いています。初恋というのは、それを自覚した瞬間から、それ以前の自分の終わりでもあるので。

ーー「Play A Love Song」の英語の差し込み方からは、『Fantôme』以前のポップさが思い出されました。

宇多田:自分でも久々に言葉の響きや語呂遊びで“遊べた”気がします。たとえば紐を緩めることを「遊びを持たせる」と表現するじゃないですか。今回の自分の作風や気持ちって、それに近いというか。着物の帯をちょっと緩めて、息を深く吸うような感じで詞曲に臨むことができました。

――ちなみに前作『Fantôme』時のインタビューでは、制作の前中後に、Rhye、Hot Chip、ディアンジェロ、Atoms For Peace、This Mortal Coil、ジュリー・ロンドンなど「トラックが少なくて聴きやすいものを好んで聴いていた」ということでしたが、今回、よく聴いていたアーティストはいましたか?

宇多田:今回、そういうのは特になかったですね。でも好きで何度も聴いていた曲はいくつかありました。折坂悠太さんの「あさま」という歌には衝撃を受けました。

――「初恋」は、『花より男子』(TBS系)の続編テレビドラマ『花のち晴れ~花男Next Season~』のイメージソングです。

宇多田:『花のち晴れ』の原作を読んであらためて気付かされたんですが、神尾葉子さんの作品は、一見、恋愛が繰り広げられる学園もののようで、実は年齢性別を問わない社会や他者との関わり方、本質的な意味での自分との闘いのプロセスが描かれているんですよね。私、本来、少女マンガってあまり得意じゃないんですけど、神尾さんの作品はだから好きなんだなって。それに気付いたら、曲も歌詞もどんどん膨らんでいきました。

――かつて「First Love」という曲を書いた宇多田ヒカルが、いま“初恋”を描くとこうなるのか、という考察においても興味深い一曲です。

宇多田:そうやって比較ができること自体、面白いですよね。

――今回は大半の曲のドラムを、クリス・デイヴ(※アデルやエド・シーラン、ディアンジェロの作品に参加)が叩いていますね。

宇多田:「誓い」という曲の一部が『KINGDOM HEARTS Ⅲ』のトレーラーで公開された時、「リズムの取り方がわからない」、「どういう拍子だか理解ができない」という反応が多かったんです。私自身は、ごく普通で単純な、心地の良い6/8拍子のつもりだったんで、それはとても予想外な反応でした。それであらためて、自分がすごくスウィングを付けていることや、そこに細かく刻んだハイハットがさらにノリを複雑化させていること、ドラムとピアノが溜めたり突っ込んだりしていることが、実は独特なノリで、誰にでも感じられるものではないんだなと気付かされて。ドラムがクリスじゃなかったら、この曲は成立しなかったかもしれない。「Forevermore」もそうでしたね。私一人のプログラミングで済ませていたら、決してここまでの熱量にはならなかった。

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