MYTH & ROIDが“炎上覚悟”の新作をリリースした意図は?  Tom-H@ckとKIHOWに聞く

MYTH & ROID、“炎上覚悟”の新作

「MYTH & ROIDはその難しさが売りになる」

ーー「HYDRA」は『オーバーロードII』のエンディングテーマですが、MYTH & ROIDはこれまでにもテレビアニメ第1期のエンディングテーマ「L.L.L.」と、『劇場版総集編 オーバーロード 不死者の王』のテーマソング「Crazy Scary Holy Fantasy」で作品と関わってこられました。今回は『オーバーロード』という作品のどんな部分を切り取って楽曲を作られたのですか?

Tom-H@ck:たぶん今回はアニメ側も苦労してると思うんですけど、ストーリー的に主役のアインズ様があまり出てこないんですよね。序盤はリザードマンがメインで描かれたり、王様とかゴブリンとかいろんな登場人物がいるので、その人たちすべてに言えることをテーマにしなくてはいけないと思って。そこで“自己犠牲の愛”が全員に共通するなと思ったんです。なおかつ僕自身も自己犠牲というか、けっこう押しつけがましい人間なので、以前から「自己犠牲の愛を表現したい」とずっと思ってたんです。

ーーKIHOWさんは歌詞をご覧になってどう思われましたか?

KIHOW:先ほどおっしゃってたように最初のデモは英語で、そこから急遽日本語になったので驚きました。歌う側からすると、日本語と英語では感覚がかなり変わってくるんですよ。例えばラブソングを歌う時に、英語なら「LOVE」という単語をストレートに歌うことが一番伝わると思うんですけど、日本語の場合は好きな人に何かを伝えたい場合も、全部ではなくて少し隠す、日本人特有の奥ゆかしさみたいな感覚が重要なんです。今回は日本人的な感覚を保ったまま、献身的な気持ちを押し付けたいと思って歌いました。

ーーボーカルのレコーディングはいかがでしたか?

Tom-H@ck:さっきも言ったように、感情を出してほしいということはしつこく言いましたね。激情感を出せるか出せないかで評価が全然変わってくると思ったので。人に届く歌を歌えてなんぼだと思いますし、ただ上手い人なんていくらでもいますから。そこは別に目指さなくてもいいし、この楽曲ではあまり意味がないかなと思ったんです。

KIHOW:たしかに下手に歌っていいと言われました。これは新人特有の感覚かもしれないですけど、せっかくたくさんの人に聴いていただく機会なので、レコーディングでも自分のいいところを見せたいという気持ちで、どんどん完成度を高く歌おうとしてしまう部分があるんですね。でもそれはこの楽曲では良くない部分に繋がっていて、今回は技術ではなく感情先行の歌にしないとダメなんだなと思って。なので叫んだりセリフを言うような感覚で歌にしていきました。

Tom-H@ck:KIHOWはまだデビューから1年も経っていないわけで、今は自分の歌に対する思いとか、アーティストというものに対する葛藤があると思うんですよ。そのなかでKIHOWはバランスを保とうとする人で。アーティストというのは意外とバランスの偏ってる人が多いんですけど、彼女は強いものを内に秘めながら、表に出すときにはバランスをとってしまうんですよね。そこが歌にも出ている。だから、別に上手く歌うことだけが歌じゃないというのは伝えて、本人もそれはすごくわかってくれたと思うし、出来上がった作品も良かった。そういう意味では僕も一緒にやってて楽しいですね。

KIHOW:ありがとうございます(笑)。年齢差もありますけど、キャリアもまったく違っていろんなことにすごい差があるので、もう感覚が違いすぎてて。普段は会話もあまりしないので、Tomさんがどんな方なのかよくわからないんですよ(笑)。

Tom-H@ck:僕は誰に対してもですが、外に見えないところで変にコミュニケーションを取るのはよくないなと思っているんです。実は会社のスタッフともそんな感じで、プライベートは邪魔しないから好き勝手やりなさいというタイプなんですよ。なのでKIHOWともプライベートではあまりしゃべらないよね。

KIHOW:しゃべらないですね。例えばライブの時も、本番のMCでその日初めてTomさんとしゃべるみたいな感じだったりして(笑)。でも下手にいろんなコミュニケーションをとるより、作品のことに集中してお互いいろんなものを合わせていいものを作れたらというのはわかるので。

ーーちなみに曲名の「HYDRA」にはどんな意味合いがあるのでしょうか?

Tom-H@ck:これはhotaruがいくつか案を出してくれた中から、僕が決めました。まず文字のフォルムがめちゃくちゃいいし、意味も良かったんですよ。まずひとつは、ヒドラという神話上の怪獣みたいな存在と、もうひとつは「取り除けない害悪」とか毒々しい意味合いがあって、むしろそっちをイメージしました。そういうものに囚われて自己犠牲の愛のループで人は苦しんで生きていくという意味にも取れるし、これは最高だと思いましたね。

ーーサウンド面で特に工夫した部分はありますか?

Tom-H@ck:この曲、実は人生で最大の時間をかけて作ったんです。僕は普通の歌ものの制作だと平均して2〜3日ぐらいで1曲全部を作っちゃうんですけど、この曲は1カ月半ぐらいかかったんですよ。というのも、今回は理論的なことをものすごく複雑にやっていて。いわゆるストリングスやコーラスを裏にたくさん入れてるほか、オペラの歌声や10人ぐらいのクワイアの声も入ってて。

 普通は対位法とか和声って大体4声の理論で成り立ってるんですけど、この曲ではいま言っただけでも20声ぐらいあって、そうなるとオーケストラの理論が必要になってくるんです。でも、いわゆるクラシックの理論をこの曲に落とし込んでも面白くないし、理論というのは後付けなので、それ自体を知ってることはいいんですけど、そのままなぞるのはクリエイティブではないんですね。だからそれを現代のポップスとして作ろうと思ったら時間がかかって。やり方はたくさんあるんですけど、KIHOWの歌や『オーバーロード』の楽曲といった条件を加えると、正解は3つぐらいになっちゃうんです。それがクリエイティブの幅としてすごく苦しくて。

ーーものすごく細かい作業を積み重ねていかれたわけですね。ただ、バラードにはそこまで緻密に作り上げるイメージはあまりないように思うのですが。

Tom-H@ck:これもおもしろい話で、コードはいくつかの音を鳴らしてできるものなんですけど、そこに乗るメロディはコードを構成している音のどれかに落ちないと気持ち悪く聴こえてしまうんですよ。で、今回の曲はメロディがそのコードの音に一切落ちてないんですよね。コードが〈ド・ミ・ソ〉でできてる場合は〈ファ〉とか〈レ〉に落ちてて、メロディはコードにない音で延々と歌ってるから、歌うのはめちゃくちゃ難しいと思います。でもそうすることによって、歌でコードのテンション感を彩ることになるんですね。だからコードで変わったことをしなくても、メロディがテンション感を積んでいて、ジャズとかフュージョンに近いコードの積み方になってるんです。それが先ほど言ったオーケストラの和声とは全く逆の理論なので、これを成立させるのがまさに建築だったんですよ。若林プロデューサーも「今回の曲はめちゃくちゃ玄人向けだよね」と言ってて。でもMYTH & ROIDはそこが売りになると思ってて、今回はその難しさを極めていった感じはありますね。

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