藤崎彩織=Saoriが初小説で描いたSEKAI NO OWARIとの重なり 円堂都司昭『ふたご』評

 SEKAI NO OWARIを知らずに『ふたご』を読む人は、少ないだろう。お笑い芸人の又吉直樹はお笑いの世界を舞台にした初の中編小説『火花』で第153回芥川賞を受賞したが、作中の芸人=又吉ではなかった。それに比べ、『ふたご』では、夏子がSaori、月島がFukase、ぐちりんがNakajin、もう1人のメンバーのラジオがDJ LOVEをモデルにしているのは明らかだ。ファンならばSEKAI NO OWARI前史と小説で重なる部分がわかるだろう。

 著者本人も、現実との関係について「リンクしている部分はたくさんあるけど、していないポイントもある。読者の方に判断はお任せした方が、想像力が膨らむと思います」(『オール読物』2018年1月号)と語っており、SEKAI NO OWARIと重ねあわせて読まれることを忌避していない。

 月島と夏子が行う言葉の意味を考えるゲームは、神、思想、命、真実、正義などにまつわるクエスチョンを歌った「Death Disco」など、Fukaseの作詞術につながった思考法だろう。また、小説の読後にSaori作詞の「マーメイドラプソディー」を聴けば、人と魚が半分ずつである人魚の自由と不自由を歌ったこの曲で、音大と地下室の価値観の違いに悩んだ夏子を連想するかもしれない。

 『ふたご』は初小説だからぎこちない部分もあるが、体験に基づく心理のリアルさがある。また、手にした人がSEKAI NO OWARIに抱いている印象から想像を膨らませ、行間を読むこともできる。そんな風に虚実を横断する作品である点が面白い。

 小説後半で夏子は詞を書き、表現者として覚醒する。一方、現実のSaoriはFukase、Nakajinとともに曲作りをするだけでなく、ライブ演出も手がけるようになった。Fukaseから強い影響を受けながらSEKAI NO OWARIに参加した彼女は、合議でものごとを進めるなか、演出家として最も彼とバンドを客観視してきたメンバーだともいえる。

 人気上昇でSEKAI NO OWARIのステージセットは大きくなり、広い会場にファンタジー的なテーマパークを出現させたようになっている。最近はメンバー4人だけでなく、サポートのドラムとベース、ストリングスやホーンを加えるなど演奏も大編成。そんな時期に、メンバー間の絆が生まれ、デビューに向かう時期を扱った『ふたご』を発表した。同作後半では、手作業で改装してできたライブハウスでの初演奏が、重要なトピックとなる。

 今では巨大な存在となったSEKAI NO OWARIに対し、まだ形にならずもがいていた初心の時期をふり返り、その頃から今に至るまで持ち続けている思いを表現する。そのようにみると『ふたご』は、バンドの根っこがどんなものかをあらためて伝えるため、Saori=藤崎彩織が小説の形でSEKAI NO OWARIに施した演出だとも感じられる。彼女はふり回されるのではなく、むしろ包みこむほどの力を発揮しているのだ。

■円堂都司昭
文芸・音楽評論家。著書に『エンタメ小説進化論』(講談社)、『ディズニーの隣の風景』(原書房)、『ソーシャル化する音楽』(青土社)など。

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