丸本莉子、歌うことへの喜びが溢れた弾き語りツアーファイナル 新曲「8月6日」の披露も
青山にあるライブハウス「月見ル君想フ」にて、丸本莉子のイベント『満月の夜の丸本さん家』が始まったのが今年1月のこと。“呼びたいお客様”とセッション、トークを織り交ぜたアットホームなライブ。まるで丸本自身の家に招かれたような、心の距離の近さがこのイベントの魅力だ。第1回目のゲストに招かれた、いであやかとの共演後に行った対談では、すっかり仲の良い二人にこちらまで心が和んだ。
今回、丸本が9月28日、29日に開催したライブは、彼女が3月にリリースしたアルバム『ココロノコエ』のリリース後に全国を巡った弾き語りツアー『ココロノコエがするほうへ』のファイナル公演2days。1日目には瀬川あやか、Softly、2日目には浜端ヨウヘイ、コアラモード.の2組を呼ぶイベント形式にて開催された。筆者は1日目に足を運んだのだが、丸本は初披露の新曲を携え、ループステーションを用いた楽曲のパフォーマンスを行うなど、1月のイベントとは違った新たな姿を見せた。
ハスキーなボーカルが特徴的なMUTSUKI、ギターコーラスとほんわかとしたMCのHARUKAによるSoftly、キーボード演奏によるバラードからギターでのアップテンポな楽曲では客席をスタンドアップさせた瀬川あやか。北海道出身の2組がパフォーマンスした後に、丸本は登場した。1曲目に披露した優しくギターを奏でる未発表の楽曲「心の世界」では、〈どんなメロディーが響くの/私だけに教えて〉と会場のファンに投げかける。「普段面と向かっては言えないことも歌だったら素直に声にして言える。それが歌にする意味」ーー『ココロノコエ』のインタビュー時に彼女はそう答えていた。「心の世界」は、その延長線上にある楽曲であり、ライブのスタートを飾る1曲目としてこれ以上にないものに思えた。
「ただいまるもと!(おかえりこ!)」という会場とのキャッチボールにも成功し、どんどん会場を自分の空間にしていく丸本。ライブは、大切な人をテーマにした「やさしいうた」、答えの出ない悲しみを歌に昇華した「誰にもわからない」と続く。楽曲を披露し終えた後の、一瞬の静寂が「誰にもわからない」の凜とした楽曲の世界観を表していた。7年前、丸本が上京したばかりの頃の気持ち、彼女の中にあるサラリーマンのイメージを楽曲にした「この風に乗せて」では、仕事を終えて会場に駆けつけたのであろう、スーツ姿のファンがじっと彼女の歌声を聴いていた姿が印象的だった。
11カ所を巡ってきたツアーファイナルのこの日、初めて披露された楽曲のタイトルは「8月6日」。丸本が故郷の広島に帰った際、祖母から聞いた戦争の体験を、生々しくもリアルに綴った歌詞が鮮烈に突き刺さる。〈もう繰り返すことのないように/私は歌い継ぐ〉と丸本は声を張り上げ歌う。〈おはよう。今日もいい天気だね〉〈おやすみ。今日もありがとう〉と何気ない日常の挨拶での語りで締めくくられるのにも、祖母との会話を想像させる余韻として心に残った。そして、本編ラストに披露されたのは「ココロ予報」。「雨のち晴れ」という楽曲のテーマと、「大丈夫」という心情が「8月6日」という楽曲の存在でまた、より強いメッセージ性を帯びているように思えてならなかった。
アンコールでは、3組のセッションとして絢香「三日月」、スキマスイッチ「全力少年」の2曲をカバー。永遠と続くのではないかと想像させる楽屋のような緩いMCの後、瀬川がキーボード、丸本とHARUKAがギターを担当し、異なるタイプのボーカルながらも大サビでは美しいハーモニーを聞かせた。
一人ステージに残った丸本は、「ずっとツアーで歌ってた曲を」と話し、タイトルもまだない新曲を披露した。ギター演奏、ボーカルをループさせて新たに音を重ねていくループステーションを大胆に使用した楽曲だ。ツアー、そして丸本にとっての音楽への思いを歌いながら、多重にサウンドを響かせることで一人のステージとは思えない空間を作り出していく。それはもちろん、丸本にとって新たな試みであり、何より演奏することへの楽しさ、喜びが溢れた彼女の姿が新鮮だった。全国を巡って、丸本は新しく生まれ変わった。この日のライブには、そう確信させる彼女の姿があった。
(文=渡辺彰浩)