石井恵梨子の「ライブを見る、読む、考える」 第13回:ドミコ
ドミコ、どのシーンにも与さないポップな個性 石井恵梨子がバンドの今を見た
どこから来たの? と首を傾げてしまうバンドだった。いつ見ても対バンと仲良しという感じがしないし、じゃあどんな相手ならハマるのかを考えても思いつく名前がない。時代や世代や地域性、体育会系なのか文学青年なのかサブカルか、どこから切り取ればいいか見当もつかない。要するに◯◯っぽいと言えない個性があるのだが、では難解な未知の音楽かといえば全然違って、むしろ超ポップ。ぽつねんとそこにいる「?」みたいな。それがドミコだ。
結成は2011年。ギター・ボーカルのさかしたひかると、ドラムの長谷川啓太による埼玉拠点の二人組。ベーシストがいたことは過去になく、求めたこともない。「抜けたなら別だけど。たとえば生まれた時から腕がなかったら、特に気になんないと思う」と言うひかるの口調にギョッとした。「いわゆる普通のバンド形態・普通のバンド活動」を目指して始まったようではなさそうだ。
最初はスタジオでセッションと曲作り。人前でライブをやることも考えなかったという彼らの音は、ライブハウスで動員を増やしていく同世代バンドとはまったく別のベクトルに向かっている。サイケデリック、ガレージ、あとは少しだけシューゲイザーやドリーミー・ポップなどの匂いをまとったロックンロール。ひかるは現在28歳なので、キュウソネコカミやKEYTALKが同じ世代と書けばコントラストははっきりするだろう。アゲまくりの即効性より、どこか輪郭のぼやけたルーズさ、だらしなさと紙一重の夢見るような心地良さを。古い音楽が好きなのもあるだろうし、Deerhunterなど00年代のネオ・サイケデリックにも影響を受けてきた。ただし、USインディにどっぷりの洋楽志向かといえば、そんなふうに考えたことは一度もないと強く否定する。
「今盛り上がってるバンドとはかけ離れてる認識はあるけど、だからこそ、こういう音が今あったら面白いなって。自分の中ではめっちゃ王道を出してるつもりです。斜に構えてるわけでもないし、こういう感じが俺はポップだしロックだと思ってる。それがどう受け止められるのか気になったし、ぶつけたいと思ってました」
そんなドミコの今を見た。9月30日、新代田FEVERでのライブ。オープニングSEもなく、セッティングが終わってそのまま始まるステージ。二人とも前髪が長くて顔がよく見えず、客席フロアに笑顔を向けるような素振りもない。愛想ってものがないなぁと思う。まぁ悪いことではない。60年代のガレージ・バンドが何も考えず鳴らしたような、作り込んだところのないギターサウンド。その音色にはすでにちょっとした可愛らしさも漂っているのだから。
現場でひかるはルーパー・エフェクターを使う。まずシンプルなカッティングを刻み、再生されるその音に低音域で軽くベースラインを当て、二つの音をループさせながら自由にギターを弾き始める、といった具合。音の薄さはカバーできるし、そこに強い躍動感を与えるのが長谷川啓太のドラムだ。一瞬のアイコンタクトで絶妙のタメ、からの加速と、微妙にビートを変化させながら高揚感を生んでいくプレイ。なるほど完全に二人で完結しているバンドだ。ベースで厚みを持たせる必要性を感じない。ふわっと軽いローファイ感が、むしろポップな印象を高めるのに役立っているようだ。
そしてポップさを決定づけるのはメロディと歌唱法。どの曲も柔らかいメジャーコードで、時にはラップ風の語り口調も飛び出すが、アタックはさほど強くない。語尾をくっつけたり譜割りが独特だったりするため英語にも日本語にも聴こえない、ふわふわとした面白い音の響き。結局何を歌っているかわからないので「?」は膨らむのだが、快か不快かでいえば間違いなく前者。目の前で音を浴びているうちに「悲しみを吐露しているのだ」とか「愛と平和を訴えているのだ」なんてことはどうでもよくなって、「なんだかわからないけどいい感じ」にずーっと浸っていたいなぁと体を揺らしてしまう。人の頭をカラッポにさせる魔力、みたいなもの。わかりやすさと即効性が重視される世の中で、こういう曖昧な音楽はとても貴重だと思う。
たとえば中盤に披露された、昨年の1stアルバム収録曲「Pop,Step,Junk!」。ひときわ泥臭いミドルテンポのナンバーで、〈彼のメディシンを買いたいの/彼はメディシンを買えないの〉で始まる歌詞は他の曲に比べてもかなり意味不明。だが、ルーズに繰り返されるギターリフが気持ちよくて、胃もたれしない音の軽やかさ、三分弱でスパッと終わる長さなんかもちょうどよくて、あぁつまりすべてにおいて「いい塩梅」を熟知しているバンドなのだと納得する。もっと長かったり音圧があれば胃もたれするし、主張がガンガン刺さるなら暑苦しさが生まれる。たかがロックンロールでしょ、と投げっぱなしにする醒めた気分と、でもこれだけで十分ロックンロールは成立してるでしょ? と不敵に笑う強気とが、おそらく彼らの中には同居しているのだと思う。思えばファーストのタイトルが『soo coo?』と、クエスチョン付きのカッコよさだったのも、とても彼ららしい感性の表れだ。
また、この日はニューアルバム『hey hey,my my?』(またもやロックンロールのド真ん中な言葉にクエスチョン付き!)から、昨日MVが公開されました、と前置きしつつ「こんなのおかしくない?」が披露された。この曲が以前と比べてだいぶアッパーになっていることにも驚く。長谷川のビートは一気にBPMを上げ、サイケという言葉では到底括れないアグレッシブなギターリフ、より明るさを増したメロディが勢い良く飛び出していくのだ。ファーストがカラーを統一した名刺代わりの作品なら、そこから一気に可能性を広げていったのが新作なのだろう。最初は考えてもいなかったというライブを続けるうちに、人前でやる意味や覚悟が生まれたのかもしれない。「方向がどう変わったっていうより、エネルギーが前回より足された感じはある」とひかる。この原稿でも冒頭から「ああでもないが、かといってこうでもない」と曖昧な文章を繰り返しているが、「つまり◯◯である」と方向を決め付けられることが、ドミコにとっては何より忌避すべきことのようだ。
「めちゃくちゃ真剣に考えれば、自分がどういうルーツで、何を求めて作ってるのか……もしかしたら出てくるかもしれないですけど。逆にそれを知りたくない、自分が。わかっちゃうと面白くないし、たぶん一気に醒めてしまう気がするんです。今のドミコが、どういうジャンルで、どういう奴らと一緒にされるか、うまく言えない。それってわりと気に入ってるんですね。だから、今のままでいい気がします」
曖昧なまま、いい塩梅のまま、どこのシーンにも与さないバンド。繰り返すが、そういう音楽はとても貴重だ。新作『hey hey,my my?』を出した後、ドミコの名前はさらに全国へ広がっていくだろう。「?」をつけたまま、どこまで行くのか。見届けていきたいなと思う。
(写真=ハヤシサトル)
■石井恵梨子
1977年石川県生まれ。投稿をきっかけに、97年より音楽雑誌に執筆活動を開始。パンク/ラウドロックを好む傍ら、ヒットチャート観察も趣味。現在「音楽と人」「SPA!」などに寄稿。