闘病経験がもたらした、徳永英明の“現代の応援歌”
“シルキーボイス”と呼ばれてきた徳永英明の歌声。感情の揺れや哀切さを表現するのに、これほど適した歌声は他にないだろう。まさに唯一無二のシンガーである。流行り廃りに左右されることなく、そこにずっと立っていて、こちらが手を伸ばした時にはいつでも優しく歌いかけてくれるーー徳永英明の楽曲を聴くと湧いてくるのは、そんなイメージだ。
7月19日に、4年ぶりのオリジナルアルバム『BATON』をリリースした徳永英明。昨年にはデビュー30周年を迎えるも、ある困難が彼の前に立ちはだかる。2001年に発病したもやもや病の再発だ。
徳永英明といえば、「壊れかけのRadio」をはじめとした多くの代表曲を持つも、名曲カバーのイメージも強いだろう。特に近年は2005年からスタートしたカバーアルバム『VOCALIST』は計6作に及び、累計売り上げ600万枚以上を誇る大ヒットを記録。時代に名を残した古今の楽曲を歌い継いできた。徳永がカバーに挑戦したのは、もやもや病を発症したことで、「人のために歌いたい」と心境の変化があったからだという。
徳永英明の31年にわたるキャリアは、平坦な道のりではなかった。「レイニーブルー」でのデビュー後、「輝きながら…」「夢を信じて」、そして事務所独立後にリリースした「壊れかけのRadio」が大ヒットするなど、一躍スターの仲間入りを果たした。しかし、その間には、1993年の声帯ポリープの手術、2001年のもやもや病発病、そして再発……と、病と隣り合わせの状態であった。もやもや病は脳血管障害の一種であり、場合によっては生命にかかわる難病である。徳永は、楽曲の中で病を示唆するようなことを歌うことはなかったが、常に命と向き合わざるを得ない状況であったことは間違いないだろう。
もやもや病による脳梗塞を防ぐ手術を経て、リハビリを通して克服。そんな大きな経験を経て、10年続いた『VOCALIST』シリーズを封印してリリースしたのが、ニューアルバム『BATON』だ。そして、やはりアルバムのキーとなるのは、6月に先行シングルとして発売した「バトン」。徳永自身が作詞作曲を務め、また、「壊れかけのRadio」「最後の言い訳」「夢を信じて」等を手がけた瀬尾一三と16年ぶりにタッグを組んで制作された。
以前テレビに出演した際、「バトン」について「世の中の30代、40代、50代の人たちはいろんなストレスを抱えているんだけど、負けてもいいし泣いてもいいし立ち止まってもいいし、先に進めなくてもいいから。バトンをつなげてもつなげなくてもいいしという感覚で書いた歌だと思います。最後は気持ちハッピーエンドで終わっているのが何とも言えないなと思っています」と話している。
「バトン」は、高音の旋律が儚げに響くバラードナンバー。まさに徳永英明の真骨頂と言える楽曲に仕上がっている。前述の発言にあるように、徳永はこの曲を特に同世代に向けて制作したという。<かっこ悪くていい><闘わなくていい><変わらなくてもいい>……他者からの期待、守らなければならないもの、後悔、喪失ーーそういったものをたくさん抱えながら生きている大人のための楽曲だ。