『R&B 馬鹿リリック大行進〜本当はウットリできない海外 R&B 歌詞の世界〜』インタビュー

海外R&Bはなぜ“下ネタ”をアーバンに歌う? 高橋芳朗✕古川耕が語る“馬鹿リリック”の世界

 TBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』で大反響を巻き起こした伝説の特集を一冊にまとめた書籍『R&B 馬鹿リリック大行進〜本当はウットリできない海外 R&B 歌詞の世界〜』(発売中)が、各所で話題を呼んでいる。オシャレでアーバンなサウンドながら、その歌詞が“しょうもない下ネタ”になっているR&B楽曲に、鋭いツッコミを入れながら紹介していく本企画は、果たしてどのように生まれたのか。企画の生みの親である音楽ジャーナリストの高橋芳朗氏と、番組構成作家であり本書の編集を手がけた古川耕氏に、こうした歌詞が流行した背景や、歌詞の翻訳にまつわる裏話、現在の洋楽の歌詞をめぐる状況についてまで、大いに語ってもらった。

高橋「下ネタを歌うシンガーはたくさんいるけれど、R師匠は着眼点が違う」

ーー本書では、R&B界の帝王といわれるR・ケリーを、その下ネタの素晴らしさから「R師匠」と敬っています。彼はいつから下ネタをアーバンに歌うようになったのでしょう。

高橋:もちろんいまほどゲスな感じではありませんでしたが、1993年にアルバム『12プレイ』でソロ・デビューした時点ですでに性愛路線を打ち出しています。このあとR&Bのセックス描写が過激化していくのはやっぱりR・ケリーの影響によるところが大きいわけですが、ひとつ付け加えるとヒップホップに感化された部分も当然あるでしょうね。単にエロいことを言うだけでなく、どれだけおもしろい話ができるか。これはまちがいなくヒップホップ的な美意識が持ち込まれた結果だと思います。

ーーR師匠の作品群をそういう目線で見たとき、一番強烈だと感じたのはどの辺ですか?

高橋:僕はやっぱり2013年リリースの『ブラック・パンティーズ』が衝撃的でした。5曲目の「マリー・ザ・プッシー」は出だしから凄くて。

疲れ目には
プッシーを見るのが一番さ

って(笑)。

古川:これには宇多丸さんも唸ってたよね。「俺は正直『やられた!』って感じ。プッシーが好きとか見たいとか、そういう気持ちをこうやって表すのかと」と、驚きを隠しませんでした。

高橋:同じアルバムの「クッキー」という曲も凄かったな。

オレオクッキーみたいに
真ん中を舐めるのが好きなのさ

オレオクッキーを女性器に見立てて、クリームの部分を舐めるという“例え”の圧倒的なしょうもなさ。下ネタを歌うシンガーはたくさんいるけれど、R師匠は着眼点が違いますよ、やっぱり。ただ馬鹿なことを言っているだけではない。

古川:言っていることは本当にしょうもなくて、“例え”のクオリティも別に高くはないんだけど、なにか別格感が漂っているんですよね。ジェイ・Zとコラボしたアルバム『アンフィニッシュド・ビジネス』の9曲目「ブレイク・アップ(ザッツ・オール・ウィ・ドゥ)」も印象に残っていますね。我々が「セックスすごろく」と呼んでいる作品なんですけれど、

バスルームからキッチンに
移動しながら
セックスするのさ
キッチンからリヴィング・ルームに
移動しながら
セックスするのさ

こんな風にどんどん移動していくんだけど、後半になるとエスカレートしていって、

汚い芝生の上でも
セックスするのさ
近所の連中に犬までビックリしてるぜ
俺達のセックスを見て

って、表に出ちゃうんですよ。ジェイ・Zが相手だから容赦しないのか、畳み掛ける感じがたまりません。

高橋:犬までビックリしてますからね(笑)。パンチラインではなく歌詞全体で笑えるという点では、ボビー・ヴァレンティノの「スリー・イズ・ザ・ニュー・トゥ」も忘れられません。この曲の訳詞を小島慶子さんが読み上げたときに『馬鹿リリック大行進』の成功を確信しました(笑)。内容的には彼女に3Pをうながす歌なんですけど、自分から誘ってるくせにあくまで「エロいのはお前のほう」ってスタンスなんですよ。

君がもう一人
パートナーを追加したらどうなるか
妄想してるって話を聞いたけど
ホントにそこまで
いっちゃってもいいの?
もしそうなら
ベイビー
トライしても構わないよ
キミの女友達に電話して
後で3人で会う約束しよう

この「しょうがないからやってやる」的な物言いが腹たちますよね(笑)。

古川:宇多丸さんはこの時、笑って喋れなくなっちゃって。本にも、「俺もうダメだ〜!(笑いすぎて泣いている)」って書いてありますね(笑)。

高橋:大作ということでは、R・ケリーのフォロワーとして出てきたトレイ・ソングスのアルバム『Ready』の冒頭を飾る三部作も強烈ですよ。「俺の歌を聴くと女の子たちのパンティが勝手に脱げていく」と歌う「Panty Droppa」から始まって、次が「俺のセックスがすごすぎてカノジョが俺の名前を叫ぶもんだから近所の奴らはみんな俺の名前を知ってるのさ」と豪語する「Neighbors Knows My Name」。そして最後は「セックスは俺が発明した」と言ってのける「I Invented Sex」。

ガール、思っちまうだろうな
ガール、思っちまうだろうな
ガール、思っちまうだろうな
ガール、思っちまうだろうな
セックスを発明したのは俺だって
思っちまうだろうな
セックスを発明したのは俺だって
思っちまうだろうな

この「I Invented Sex」なんかは先ほど話したヒップホップのボースティング(自慢)の感覚がそのままR&Bに持ち込まれたわかりやすい例と言えるでしょうね。

古川:あからさまに嘘だからなぁ……。宇多丸さんは押尾学の名言とされる「オマエらの彼女がオマエらと付き合ってんのは、俺と付き合えないからだ」を引き合いに出していますね。押尾かトレイかってことで。ただ、この曲はR&Bチャートで1位になったものの、ポップチャートでは42位で、さすがにアメリカでもドン引きされている。

高橋:トレイ・ソングスの曲では、馬鹿リリック史上でも屈指の名作といえる「ストア・ラン」にも触れておきたいですね。これはガールフレンドとしっぽりいい雰囲気になってさあコトに及ぼうかって段になったとき、「あ、コンドームがねぇ!」となって慌てて車を飛ばして買いに行く、その様子を事細かに歌った曲になります。これがまた、そんなことを歌っているとは到底思えないめちゃくちゃ美しい曲なんですよ。

さっくり店まで行ってくるよ、
カウンターに売ってる
3個入りのアレを
速攻で店までゴー、
30分以内には戻ってくるからさ

去年ラジオでこの曲を紹介したあと、学校の保健の先生から「セーフ・セックスの観点から見てすばらしいメッセージの曲。ぜひ性教育の教材に使いたい」というメールをいただいてびっくりしました。そういう見方もあるんだな、と。

古川:そんな良いもんじゃねぇから(笑)。

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