栗本斉の「温故知新 聴き倒しの旅」

夏木マリはさらにラディカルになっていく 石野卓球、ゆず岩沢らと目指した新境地

 セクシー歌手といえば、「あ~♡ 抱いてぇん~ 獣のように~」の夏木マリ。なぁんて言うのは、おそらく50代以上でしょうか。もちろん、後追いで知っている方もいると思いますが、妖艶なフィンガー・アクションでお茶の間に衝撃を与えた名曲「絹の靴下」がリリースされたのは、1973年のこと。今から40年以上も前のことです。逆に30代くらいの方にとっては、“オシャレでジャジーなシンガー”という印象があるかもしれません。『9月のマリー』(1995年)から『戦争は終わった』(2005年)にいたる10年ほどの間は、ピチカート・ファイヴの小西康陽がプロデュースに関わり、渋谷系の文脈で評価されたということもありました。音楽活動以外でいえば、女優として数々のテレビや映画、舞台にも出演しており、映画『千と千尋の神隠し』の湯婆婆役でお子様にもおなじみだったり。いずれにせよ、多才な存在であることはたしかです。

 

夏木マリ『朝はりんごを食べなさい』

 

 音楽面でいうと、ここ数年はロック色が強くなっていました。10年ほど前に結成したGIBIER du MARIE(ジビエ・ドゥ・マリー)というグループは、腕利きのスタジオ・ミュージシャンを集めたスペシャル・バンドで、なかなか渋いブルース・ロックを披露。例えば、Superflyに影響を与え、GLIM SPANKYも歌っていたジャニス・ジョプリンの「MOVE OVER」をカヴァーしていた、といえば、20代の方にも通じやすいでしょうか。ちなみに彼女は、このGIBIER du MARIEに参加したパーカッション奏者である斎藤ノヴ氏と、還暦を目前にした2011年に入籍しています。

 さて、そんな華麗な音楽遍歴を経てきた夏木マリですが、またまた新しい展開が始まりました。10数年ぶりとなるソロ名義のミニ・アルバム『朝はりんごを食べなさい』が、先日リリースされました。まず、そのヘンテコなタイトルのインパクトもさることながら、本人が〈バスケス〉というペンネームで書いたタイトル曲の歌詞の内容も、“健康のためにりんごを食べよう!”というような奇妙なもので、そこにアダムとイブやビートルズを引き合いに出すアイデアもユニーク。ゆずの岩沢厚治が書き下ろしたメロディは、爽やかなフォークロックに仕上がっているためサラリと聴かせてくれるのですが、楽曲からはどこか半端ないロックな匂いがぷんぷんと漂ってくるのです。

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