クラムボン・ミトの『アジテーター・トークス』Vol.1 大森靖子

クラムボン・ミト×大森靖子が考える、ポップミュージックの届け方「面白い人の球に当たりたい」

 2015年3月に大きな反響を起こしたクラムボン・ミトへのインタビュー【クラムボン・ミトが語る、バンド活動への危機意識「楽曲の強度を上げないと戦えない」】から約1年。リアルサウンドでは、ミトの対談連載がスタートする。一線で活躍するアーティストから、その活動を支えるスタッフ、エンジニアまで、音楽に携わる様々な”玄人”とミトによるディープな対話を届ける予定だ。その第一回のゲストとして、3月23日にアルバム『TOKYO BLACK HOLE』をリリースした大森靖子が登場。表題曲のアレンジをミトが手掛けた縁で実現した今回の対談では、同曲の誕生秘話から、ポップミュージックに対する2人の考え方、さらには結婚・出産が音楽活動にもたらした影響などについて、じっくりと語り合ってもらった。(編集部)

「テクニカルなことを知っていて、それをバカにしないということが重要」(ミト)

――『TOKYO BLACK HOLE』の表題曲は、大森さんの歌と楽曲の高いエネルギーが、ミトさんによるアレンジでさらに増幅されていると感じた一曲でした。ブックレットの大森さんのエッセイによると、2人は以前から面識があったということですが。

ミト:ピエール中野くんが、ソロミニアルバム『Chaotic Vibes Orchestra』でPerfumeの「チョコレイト・ディスコ」をカバーしていて、そのレコーディング現場に伺ったとき、彼女がボーカルを録っていたのを見たときが最初で。「これをディレクションする必要あるの!?」というくらい完璧なテイクを出していて、スペックの高さに驚きました。

――スペックの高さとは。

ミト:技術力と、やっぱり桁違いな表現力だと思います。僕も、数多の女性ボーカル曲を録音していますが、一発でその歌を唄われちゃったら、トークバックで「好きにやってください」と返すしかない。

大森靖子(以下、大森):その日はノリが良かったし、好きな曲だからというのもあったかもしれないですね(笑)。

ミト:さらにそれを強く感じたのは、恵比寿リキッドルームの『〈ピエールナイト〉』(2014年3月開催)で彼女のステージを見たときですね。パッと見は天真爛漫なイメージなのですが、リハの時から集中力がすごい。それ以前に、とあるサイトのインタビューで彼女が言っていたことがあまりに強烈で携帯のメモに入れていたんです。ざっくりいうと、「アーティストと呼ばれているひとたちは、自分の命を切り売りするくらいの気持ちでアルバムを出さなければならないという風潮があるけど、実質的にはもっと自由に、何も考えないで作っても全然問題ない。そこに対しての責任も、好きという根源があるならば、技術力やスペックの高さでカバーしてもいいのでは」ということで。そしてそれを教えてくれたのが、ほかならぬ道重さゆみさんだというんですね。「『好き』をここまで技術力と定義で、ちゃんと結び付けられる人がいるのか!」と感動しました。その発言は覚えていたけど、誰の言葉だったかは忘れていて。舞台に立つ彼女を見て、はじめて一致しました。

大森:いろんなところで道重さんの話をしていますからね(笑)。

ミト:すごいと感じたのは、アーティストとして活動しているにもかかわらず、道重さんのようなタレントが音楽的スペックを上げるために非常に”筋トレ”をしているということを、すごく整然と話していたからなんです。僕は、ロックアーティストに稀にある”技術力に対してヘイトな風潮”が得意じゃなくて、そっちに流されたくないと思っているタイプだったので。

大森:道重さんは多分、例えば『チューボーですよ!』とかに出るときに、鏡に向かって「星3つです♪」と言う練習を、可愛い表情でずっとしていたり、『吉野家』のどんぶりを可愛く撮るという次元までカワイイを追求している人なんですよ(笑)。

大森靖子。

――大森さんはミトさんにどのような印象を?

大森:私は、ロジックでバァーっと話す男の人が苦手で。でも、ミトさんはオタク気質なので、ロジカルでありながら、話の熱量と愛情がすごい。それはもう、受け入れるしかないですよね(笑)。

ミト:僕も人間的なことでいうと、他人と干渉することがあまり得意なほうではないんですが、”よく見られたい”という思いはあって。でも、才能や外見のスペックが高いわけではないから、つい技術力に重きを置きがちで、小さいころからそんなことばかり考えていたから、誤解が生まれやすいんです(笑)。ヲタ的な”好き”を技術に変換するまでには、時間がかかりましたが。

――ミトさんが大森さんに感じとったテクニカルな面とは、『好き』と技術力を両立させる部分ということでしょうか。

ミト:舞台では自由にパフォーマンスしながらも、テクニカルなことを知っていて、それをバカにしないということが重要なのかもしれません。向き合い方を理解しているというか。

大森:でもそれって、どちらかというと隠したい一面なんですよね(笑)。見ている人に、ああ、自分もできるんだ、と思ってもらいたいので。日本でもアコギは相当上手いほうだと思うんですけど、それもバレたくない(笑)。

――なるほど。さて、今回の曲「TOKYO BLACK HOLE」の制作が始まった時期は、いつくらいですか?

ミト:9月くらいにはデモが来ていたはずです。でも、僕が2015年に行なった仕事の中で、最多のリテイクを出したのがこの曲で。1回目のラフを送る前に、自分の方で8テイクくらいボツにしているんです。デモの状態からすさまじいエナジーを感じていたから、どんなものにも負けない作品にしたかったけれど、メロディーだけを書き出してゼロから作ろうとすると、元の世界観から乖離してしまうんです。あまりに悩んだので、「ヒントを一つください」とお願いしたら、漫画『さくらの唄』(安達哲・作)を挙げられて、読み直したら方向性がすぐに見えました。デモには2本のアコギが双方違うリズムで積まれていて、すごくポリリズム感が心地よかったんです。だからそれを一度すべてコード化して。普通はコードがぶち当たっているところをなくしたり、シンコペーションしている部分をわかりやすくするのですが、それをしてはダメだと気付いて。結果的にスコアの構成表がかなり歪なものになりました。

大森:レコーディング前日にFacebookにスコアの一部画像をアップしていたのですが、他の方から「なんじゃこりゃ!」ってコメントが付くくらい変だったみたいで(笑)。自分の中では、歌詞とメロディに合わせて作っているから、噛み合わない部分があったとしても「まぁいいや」と思ってしまうんですけど。

ミト:その「まぁいいや」に気付いてからは早かったです(笑)。

――ギターは田淵ひさ子さんが弾いているんですよね。彼女を起用した意図は?

ミト:曲の方向性が見えたときに、ギターの鳴りを想像して、もうひさ子ちゃんしかいないだろうと。これは絶対彼女に弾いてもらわないとダメだと思いました。

――歌入れに関しては?

ミト:実は立ち合えなかったのでボーカルディレクションはできていないんです。

大森:これ、私も結構迷ったんです。ライブの歌い方だと距離感が近くなりすぎてウザいかなと考えて、なるべく気配を消そうという方向になりました。

ミト:結果的に、録音した音はバンドっぽいけど、サビのメロディには2声いるという、再現性としては非現実的なものに仕上がりましたね。でも、「TOKYO BLACK HOLE」という世界を作ってあげることが最重要だったので、間違ってはいないんじゃないかなと思っていました。

大森靖子「TOKYO BLACK HOLE」MusicClip

――その非現実的な感覚は、MVにも表れているように思います。現実の東京とも違う背景イメージや、大森さんのメイクも含めて面白い試みでした。

ミト:Arcaの『Mutant』みたいだった。あれを実写でやったら、こういうことになるのかと。

大森:私は、京浜工業地帯で綺麗なものが撮りたいけど、自分は出たくないと思っていて。監督さんから戻ってきたのはビョーク的なイメージを出しつつ、「ずっと映っているけど、表情だけで見せていくから、あまり動かなくていい」というものでした。結果的に動いたんですけど(笑)。

ミト:この曲って、実体がない音がいっぱいあって。それってOPNなどのヴェイパーウェイヴ的な世界観――80~90年代のCMやスーパーのBGMなどをサンプリングして切り貼りする感じのエッセンスに近いと感じていて。世代的にもヴェイパーウェイヴの素材たちに囲まれて育った時代だもんね?

大森:曲はそういう作り方じゃないけど、歌詞や言葉に関しては、切り貼りして作っていますね。なるべくすぐに古くなる言葉をただ選んでいくというか。

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