宇多田、林檎、aiko、浜崎……1998年デビューの4人はいかに特別か 初単著上梓の宇野維正に訊く

「一番届いて欲しいのは1999年や2000年で彼女たちのイメージが止まっている人たち」

宇野維正氏。

――あと、この本には「編曲家としての宇多田ヒカル」「職業作曲家としての椎名林檎」という興味深いテーマもありました。それぞれについて改めて伺わせてください。

宇野:宇多田ヒカルに関して、自分は“世界で最も巨大でポップなベッドルーム・ミュージシャン”だと考えていて。初期の作品のイメージしかない人には意外かもしれませんが、後期の彼女のライブでは、まるで最近のサカナクションのラップトップ演奏のように、ステージ上に5、6人のマニピュレーターがずらりと並んでいる光景が展開されていました。特に宇多田ヒカル名義の現在のところ最後の2枚のアルバム、『ULTRA BLUE』と『HEART STATION』は、制作方法も、音の質感も、ほとんどエレクトロニカに分類されるような作品だった。彼女はそこでシンガー、プレイヤーであるだけでなく、プロデューサーでありアレンジャーでもあった。つまり、彼女は頭で鳴っている音を、歌声も含めて寸分の違いなく作品にできてしまう稀有なポップミュージックの作り手なんです。でも、それは同時にちょっと怖いことでもある。音楽って、そこに他者が入ることで生まれるブレが良かったりするわけじゃないですか。

――化学反応というか、グルーヴというか。

宇野:そう。ただ、現時点で一番新しい楽曲である「桜流し」は、ポール・カーターとの共作曲だったので、もしかしたら彼女の中で新しい方法論が生まれている最中なのかもしれないですね。そして、「他者が入ることで生まれるブレ」を誰よりも大切にしている音楽家が椎名林檎です。これも、世間のイメージとは違うかもしれませんが、彼女ほど「我」を前面に出さずに精力的に楽曲ごとにいろんなタイプのミュージシャンとセッションをしてきた女性シンガーはいません。彼女にとって、他者との間で生まれるアクシデントこそが音楽の楽しみなんです。もちろん、その他者は「優れたミュージシャン」であることが条件ですが。彼女は近年のインタビューでよく「将来はJポップ作家として生きていきたい」と言ってますが、それはポーズでもなんでもなく、実演家であることに4人の中で最もこだわりがないのが椎名林檎なんです。自分がステージの真ん中に立って歌うことに対して、彼女は常に理由を必要としてきました。その理由は、ある時期は東京事変というバンドであり、現在は「宇多田ヒカルの不在を守る」ことであり、「東京オリンピックの式典がロクでもないものにならないように周囲の関心を促す」ことです。これは自分の妄想でもなんでもなく、全部彼女がはっきりと発言していることです。

――ある意味で、真逆の二人なんですね。

宇野:だから音楽家として強く惹かれ合うんだと思います。

――1998年は今回の本で取り上げた4人がデビューした年でもあると同時に、当時ロックシーンにおいて「98世代」などと呼ばれていた、くるり、スーパーカー、NUMBER GIRL、中村一義が出てきたタイミングでもありました。

宇野:彼らが台頭してきたことも含めて、本当にすごい年でした。でも、音楽シーンのメインストリームとオルタナティブを今回の本では線引きしています。同じように、宇多田ヒカル以前に登場していたChara、UA、Cocco、BONNIE PINKといった女性シンガーたちも当時とても大きな存在感を持っていましたが、今回の本ではあまり触れていません。渋谷系についても、バッサリと断罪している(笑)。むしろ、宇多田ヒカル、椎名林檎、aiko、浜崎あゆみを、日本のポップミュージックのメインストリーム、つまり歌謡曲や80年代アイドル、そして小室哲哉ブームやSPEEDへと連なってきた歴史に接続させたかった。自分も含めて、当時の20代男子にとって、宇多田ヒカルや椎名林檎やaikoはまぎれもなくアイドル的な存在でもあった。そこに正直になりたかったんです(笑)。

――言われてみると、1998年にはモーニング娘。や鈴木あみもデビューしてますが、2010年代のアイドルブームはまだ影も形もなかった時代ですよね。

宇野:宇多田ヒカルや椎名林檎やaikoは、その役割も背負っていたという実感があります。

――この本が一番届いて欲しいのはどういう読者層ですか?

宇野:もちろんそれぞれのファンにも読んでもらって、反論も含めていろんなリアクションも欲しいですけど、一番届いて欲しいのは1999年や2000年で彼女たちのイメージが止まっている人たちですね。この本を読んで、そのイメージを更新、上書きしてほしい。我々はこんなにすごい女性ミュージシャンたちと同じ時代に生きていて、彼女たちは今も最前線で精力的に活動しているということを再確認してもらいたい。それと、これは本の告知をした後に一番驚いたことなんですけど、「1998年生まれだから読んでみたい」という声が結構あったこと。1998年生まれというと今高校2年生とか3年生とかですよね? もしそうした10代の人にまでこの本が届くとしたら、それほど嬉しいことはないです。若いうちからいい音楽に触れるということは、本当に大切なことだと思うので。

(取材・文=中村拓海)

■書籍情報
『1998年の宇多田ヒカル』
発売:1月15日(金)

<目次より>
第一章 奇跡の1998年組
第二章 1998年に本当は何が起こっていたのか?
第三章 1998年の宇多田ヒカル
第四章 椎名林檎の逆襲
第五章 最も天才なのはaikoかもしれない
第六章 浜崎あゆみは負けない
第七章 2016年の宇多田ヒカル

■宇野維正(うの・これまさ)
1970(昭和45)年、東京都生まれ。映画・音楽ジャーナリスト。「ロッキング・オン・ジャパン」「CUT」「MUSICA」などの編集部を経て、現在は「リアルサウンド映画部」で主筆を務める。編書に『ap bank fes official document』『First Love 15th Anniversary Edition』など。

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