西寺郷太と和田唱が『Tug Of War』『Pipes Of Peace』を語り尽くす

西寺郷太×和田 唱が語る、80年代のポール・マッカートニー「天才で多作で、たまにしょうもない曲もある(笑)」

 

「ポールって、“2作連続で傑作”っていうのを作らないよね」(和田)

──『Tug Of War』と『Pipes Of Peace』の曲は当初、2枚組で出すことも考えられていたものですよね。先に出たのは『Tug Of War』ですけど、『Pipes Of Peace』の曲のほとんどもゴタゴタがあったあとに作られて。

和田:そういえば、数年前に聴いたウイングスのブート盤で、『Tug Of War』に入ってる曲が結構収録されてるんだよね。そのときに思ったのは、ポールが日本で逮捕されてツアーがキャンセル、ウイングスのワールド・ツアー自体もそこで終わっちゃった。それで、そのままなんとなくウイングスは自然消滅したって言われてるけど、本当はそこで終わってなかった。ポールはそのあとに『McCartney II』というアルバムを作り、その後ウイングスのメンバーを呼んで、『Tug Of War』と『Pipes Of Peace』に入ることになる何曲かのデモを録ったんだよね。で、ポールはそのアルバムをジョージ・マーティンにプロデュースしてもらおうと思ったんだけど、マーティンがウイングスを嫌がった、っていう。 「ポール、それは君のソロでよくないか? 君のソロだったらやってもいい」ってね。で、ポールのほうも、どうしてもウイングスでやりたかったわけではなかったから、結果ソロ作品になった。そうこうしてたら、ウイングスがバンドとして動く気配もないから、メンバーのデニー・レインがスネて、ちょうど『Tug Of War』の制作中に脱退するんだよね。

西寺:そうそう。

和田 だから、この2枚はウイングスのアルバムとして始まってるんだよ、気持ちとしては。

──この2枚は、80年代に入って最初に作ったアルバム(80年5月発表の『McCartney II』は79年制作)でもありますし、サウンド的にも大きな変化が見られます。

和田:ウイングスのときもポップな曲はいっぱいあったけど、なんだかんだで感触はロックだったんですよね。でも、これはもっとプロっぽいというか。

西寺:セッション・ミュージシャンを起用してるからね。

和田:そこはデカいよね。洗練され過ぎてあまりロックじゃないなって思ってた時期もあったけど、やっぱり『Tug Of War』は素晴らしいね。完璧でしょ。しかしポールって、“2作連続で傑作”っていうのを作らないよね。ひとつ傑作を作ると、その次必ずコケてるような気がする(笑)。気が抜けるのかなあ。

西寺:ポールもそうだけど、プリンスなんかもそうだよね。中国とかにロケしに行ったTV番組とかでさ、道ばたでおじさんたちが将棋みたいなのをしてる光景を見るじゃない?

和田:うん、見たことある。

西寺:おのおじさんたち、もちろん勝負に勝とうと思ってやってると思うんだけど、勝ち負けよりも、将棋そのものが好きで、楽しいからやってるんだと思う。そう考えると、ポールの音楽との向き合い方も、そのおじさんたちの将棋と一緒なんじゃないかなって。負けた試合も経験や娯楽の一環というか、作ってるときが面白いんだからという考え。

和田:ポールはそういう人かもね。過去にジョン・レノンから「あいつの完璧主義さにはうんざりするよ」って言われてるけど、実はそんなことないと思う。結構、どうしようもない曲っていうか、もうちょっとちゃんと作ろうよって言いたくなる曲もいっぱい作ってるよね(笑)。

西寺:とにかく音楽が好きで好きでたまらない。将棋で言えば、相手が強かろうが弱かろうが、全部楽しい。そういえば、今でいうインターネットの“炎上商法”ってあるじゃない。ビートルズのメンバーたちは、そのハシリみたいな人たちでもあるよね。ジョンが全裸になってベッドインしてる写真を晒したり、ポールもアイドル的人気があったのに、ファンを無視して奥さんになったリンダと急にバンドを組んだり。それも彼女は音楽的にも素人だったのに(笑)。

和田:ハハハ! そうだね(笑)。

西寺:人の注目を集めるのがうまいからこそ、こうやって現役で活躍している。今でこそ崇められてるけど、当時これほど叩かれた人っていないと思うし。ただ、この2枚を出した頃って、「こんなものはロックじゃない!」みたいに叩くほうも飽きちゃったみたいな時代になってたのかな。俺はそんなことお構いなしに『Tug Of War』は、びっくりするぐらい何度も聴いてたけどね。

和田:俺が最初に聴いたのは中学の頃だったけど、とっつきやすかったのは『Pipes Of Peace』だったな。『Tug Of War』は真面目っていうか、大人になるにつれてスゲぇって思うようになったんだけど、当初はすごくシリアスな感じがした。

西寺:ジョン没後のアルバムだからね、「Here Today」っていう追悼の曲も入ってるし。

和田:『Pipes Of Peace』にはマイケルとの共演曲があったし、「The Man」は聴きまくったなあ。ちなみに昔から不思議に思ってたんだけど、『Tug Of War』までのポールのアルバムは、ウイングスも含めてどんなに酷評されても絶対に全米トップ10に入ってるんだよね。そのうち何枚かは全米全英1位。『Pipes Of Peace』は、全米1位になったマイケルとのシングル「Say Say Say」が入ってるにも関わらず、なぜか初の全米トップ10入りを逃してる。なぜだろうって。

西寺:『Thriller』の流れでマイケルのファンも買っただろうし。これは著書「ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い」(NHK出版)でも書いたんだけど、84~85年あたりになると、60~70年代から活動してきたトップランナーがみんな失速するというか、フェイズが変わるんだよね。86年にはRUN DMCの「Walk This Way」が大ヒット、ビースティ・ボーイズもデビュー、ジャネット・ジャクソンも『Control』をリリース。それまでのトップランナーたちがイメージとして“守旧派”みたいになっていくんだよね。それがチャートに表れたんじゃないかな。

和田:なるほどね。

西寺:俺は世代的に直撃した80年代中期までのポールがやっぱり好きで。『Press To Play』(86年)までのポールは、若々しい感じがするというか、もともと新しいもの好きだし、ディスコに影響されて「Goodnight Tonight」(79年)って曲をやってみたり。そういうところは『Press To Play』あたりが境界線かなと。評価された『Flowers In The Dirt』になるとビートルズ路線回帰というか、昔からのファンを取り戻していくような姿勢も見て取れる。もちろん、悪いことじゃないと思うけど。

和田:そうだね、『Press To Play』までは“攻め”のポールだね。だから『Pipes Of Peace』の頃はまだまだ若いポールだったんだなぁ。ちなみに『Pipes~』の表題曲は個人的にポールの曲の中でもベスト5に入るよ。

西寺:え、それは意外かも。

和田:天才肌を見せつけられた感じ。逆に、『Tug Of War』に入ってる「Wanderlust」は、みんなが好きそうな曲であまり思い入れがない。ジョンの「Imagine」とかもそうなんだけど、みんなが好きになる曲を敬遠する傾向にあるというか……ヒネくれてるんだよね(笑)。

西寺:『Tug Of War』って、アルバムとしてのまとめ方が素晴らしいんだよね。こう言うと傑作と呼び声の高い『Tug Of War』に悪いんだけど、一曲一曲そこまで名曲かっていうと、そうでもないかなって思うところもあって。ジョージ・、マーティンのまとめ方のうまさで究極のアルバムを作ったっていう感じがするんだよね。それは曲順やジャケットのアートワークも含めて。

和田:『Tug Of War』はジャケット最高。

関連記事