真部脩一が考える、“相対性理論”以降のポップミュージック「やり残したことがあると感じている」

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「自分が管理把握できた相対性理論に対するマッピングをもう一度整理したい」

――音楽を商品にするという点では、音楽産業は「大変だ」という見方もあれば、「元気になってきた」という見方もあります。真部さんはどう見ていますか。

真部:単純に過渡期であって、商業音楽やコンテンツ産業は普遍的なものだと感じているし、なくなることはないと思います。新しいビジネスモデルが確立されるまでは宙ぶらりんな状態になりますが、その“宙ぶらりん”が自分にとっては魅力的なので、悪い意味での危機感もありません。状況に合わせてメーカーやクリエイターが変容してゆくことは自然なことですし、個人の裁量で既存のフォーマットを刷新できる可能性も年々高まっていると思うので、希望を持って捉えてはいますね。

――ポップミュージックには、例えばジョセフ・ヒースが指摘するように「カウンターカルチャー幻想」のようなものが常につきまとっています。一方、真部さんはあくまで「商品である」という一貫した意見を持っていますね。

真部:カウンターカルチャー幻想は、あくまで聴衆の抱くものだという認識です、もちろん一人の受け手として、僕の中にもあります。だからこそ、マーケティングや販売戦略の過程でそういった幻想が織り込まれるのであれば、それは隠されていなければならないと思うんです。クリエイターが事件性を演出すること自体、僕は滑稽なことだと思う。何らかの事件性を持ったパッケージが、発信者や共謀するメディアの説明を待たなければその価値が決定しない、というのはつまらないですから。語られる必要のないことは、語らなくてよい、というのが自分にはしっくりきますし、結局のところ、ソフトは記録媒体に過ぎないので、それ以外は魔法として扱いたいんですよ。

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――なるほど、これから個人としてのプロジェクトも始動するそうですね。

真部:相対性理論でやり残したことがあるという話をしたのは、それ以降に自分がやっていることが“相対性理論風味”のものというか、単純にライブラリ化された相対性理論をやっていると感じるからなんです。だから、自分が管理把握できた相対性理論に対するマッピングというか、身の置き方、置かれ方みたいなのを、もう一度整理してみたいという思いがあります。

――つまり、今度は真部さん自身がプロデューサーというよりもプレイヤーとしてJ-POPへ介入していくと。

真部:そうですね。今の自分が一介のバンドマンとして何ができるか、というのは非常に楽しみです。なんだかんだで、自分に興味が出てくるお年頃になったんだと思いますよ(笑)。それに、ここ最近男女問わず、魅力のあるボーカルやプレイヤーなど、色々な方々との刺激的な出会いも多いので、その中で縁あって新しい共犯者と、新しい魔法を生み出せるのではないかと考えてワクワクしています。

(取材=神谷弘一/写真=神藤剛)

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