ROLLYが語る、70年代日本ロックへの深すぎる愛情「カバーアルバムを作るため家にスタジオを作った」

「アレンジの料理のし具合の妙技を見せるっていうのが、僕の目的だったわけ」

 僕はすかんち以前からそうなんですけど……アレンジの、料理のし具合の妙技を見せるっていうのが、僕の目的だったわけ。昔ロッキング・オン・ジャパンで「すかんちがパクった元ネタ集」っていう特集をやって、「このアルバムのこの曲のこの部分から取りました」っていうのを全部書いたの。これは勝手な僕の定義ですけど……「音楽のバトンを渡す」という言葉を、最近クリス・ペプラーさんに教えてもらって(笑)。

 たとえばこのアルバムにも入っている、すかんちの「恋のマジックポーション」は、エレクトリック・ライト・オーケストラでジェフ・リンとコンビを組んでいたロイ・ウッド、彼のソロの「Oh What A Shame」という曲と、彼のバンド、ウィザードの「Rock’n Roll Winter」と、ベイ・シティ・ローラーズの「Summer Love Sensation」を合わせて、ソリッドなハードロック風味に仕立てあげて、スイート風のコーラスを付け加えた、というものだったのね。基本的なメロディはロイ・ウッドからインスパイアされていて。

 だけどそのあとに、ビーチ・ボーイズでまったく同じメロディのものがあることを発見して、「なるほど! ロイ・ウッドはビーチ・ボーイズに憧れてこの曲を書いたんだ!」と思ったら、エルヴィス・プレスリーでまったく同じメロディの曲があるんだよね(笑)。

 これこそが「音楽のバトンを渡す」っていうやつで。プレスリー亡きあと、そのメロディをビーチ・ボーイズに「はいっ!」て渡して、ビーチ・ボーイズからロイ・ウッドに渡して(笑)。

 だからほんとに僕の使命は、音楽のバトンを渡す……そのまま渡すのではなく、自分なりの味付けをして。そこが自分のアーティスト性っていうんですかね。この曲をローリーがやったらこんなふうになるよ、っていうのが私のアーティスト性だと思う。

「これこそが『音楽のバトンを渡す』ということなんじゃないだろうか」

 で、僕も……ある日、マキシマム ザ ホルモンの「恋のメガラバ」って曲を……「ん? “恋の”って、すかんちっぽい曲名だぞ」と思って聴いたら……マキシマムザ亮君は、高校入試の日の朝にすかんちを聴いてから行ったという話をきいていて、そんな奴がいるんだと思ってたんだけど、その曲のギターソロが、かつて僕が「Mr.Rockn’Roller」という曲で弾いたフレーズにすごく似てて。

 それがもう、すっごくうれしかったの! 何がうれしかったかというと、すかんちのような音楽をやっているのではないところが、すごくよかった。現代のヘヴィメタルにラップが合わさった、新しいサウンドの中に僕の細胞が生きていた。これこそが「音楽のバトンを渡す」ということなんじゃないだろうか。ひょっとしたら、マキシマム ザ ホルモンを聴いている子が大人になった時に、「これ、『恋のメガラバ』のフレーズなんだよね」って弾いて、それを聴いた奴がまた次にバトンを渡して……って受け継がれていって、50年後、もはやそのフレーズの出発点は誰かわからない。けど、50年後にまったく違う音楽をやっている誰かの曲の中に、自分のギターフレーズのカケラが生きていたとしたら、自分は今この時代にここで音楽をやっていた意味があったと思う。音楽のバトンを渡せた、と。

 こないだ、『ザッツ・エンタテインメント』っていう、フランク・シナトラやフレッド・アステアがタップダンスを踊るようなミュージカル映画を観ていたら、ジョージ・ガーシュウィンの曲で(指を鳴らしながら歌い出す)「♪ダーダダダーダダーダダダーダー」──ディープ・パープルの「Burn」なんです(笑)。「これかあ!」って。そういえばリッチー・ブラックモアの曲の中にはたまに、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」のフレーズとかも出てくんの。だから、ディープ・パープルみたいな音楽をやっている人がディープ・パープルみたいなフレーズを出すんじゃなくて、違うジャンルの奴がそのフレーズを出してくるところに意味があるんだよね。

 これからも、自分の音楽への情熱が、音楽の遺伝子が……何百年経って風化してしまって、僕の細胞が大気に分散されて風になっても、自分の生きていた証が音楽の中に残ってくれたらうれしいなと思うし、誰かの心の中に残ってくれたらうれしいなと思うし。今回はこのアルバムで音楽のバトンを渡せたので、これからもやっていきたいと思っています。

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