レジーのJ-POP鳥瞰図 第3回

「97世代」が音楽を豊かにするーー降谷建志、TRICERATOPS、GRAPEVINEのアルバムを聴く

『Everything Becomes The Music』と降谷建志の優しさ

<勇気を持ってかかげた誓い 鼻で笑うように流れる世界 駆け抜けよう共にこんな時代 塗り替えるのは君達(きみら)の世代>

 1999年にリリースされたDragon Ashのアルバム『Viva La Revolution』の表題曲である「Viva La Revolution」。降谷建志はこの曲をライブで披露する際に、いつからかオリジナルの歌詞である<塗り替えるのは僕達(ぼくら)の世代>を<君達(きみら)>と改変して歌うようになった。革命の主体者として雄叫びをあげる立場から、次の世代の自立を促す立場へ。もちろん本人にとって「前線を退く」というような気持ちは毛頭ないはずだが、日本の音楽のあり方を自ら変えてやろうと血気盛んだった10代の頃と比べるといくぶん肩の力は抜けたのかもしれない。

 直訳すると「すべての物事は音楽になる」というタイトルが冠せられた降谷建志にとって初のソロアルバム『Everything Becomes The Music』には、そんな彼の自然体の姿がパッケージされている。PCの起動音からこのアルバムが始まるという構成は、どんな生活音でも音楽になり得るというメッセージであるとともに、今作が非常にプライベートなモードで作られことを示すメタファーであるとも言える。全ての演奏からレコーディングに至るまでをたった一人でこなした本作は、降谷建志というアーティストにとっての「生理現象」のようなものなのだろう。呼吸をするように、睡眠をとるように、いつでも自身のスタジオに通って作り上げてきた音楽。先行リリースされた「Swallow Dive」「Stairway」を筆頭に、リズムセクションの上でギターが鳴り、そこに彼の歌が乗るというとてもストレートな(それゆえミュージシャンとしての本質が問われる)構成の楽曲が揃っているのが何よりの証左だろう。

 『Everything Becomes The Music』全体を通して醸し出されているのは、「優しさ」や「美しさ」である。オーディエンスの血を沸騰させるために「攻撃性」や「破壊力」が求められるDragon Ashの音楽の中でいわばスパイスとして機能していた要素が、パーソナルな世界が展開される今作では前面に押し出されている。数多の名曲を生み出してきた降谷建志のセンチメントとメロウネスが完全解禁されたこのアルバムに対して、いまだに「Viva La Revolution」を生で聴くと涙が止まらなくなってしまう僕としてはこう言わずにはいられない。「こんなKjの音楽が聴きたかった!」と。

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