宗像明将が『A.Y.M. ROCKS ~ROCKな夜~』を分析

武藤彩未が見せたシンガーとしての力量 バンドサウンドで披露した“引きの美学”とは?

 

 その成長は、自己プロデュースにこだわったことをMCで告げた後に歌われた、片平里菜の「女の子は泣かない」でもはっきりとうかがえた。2014年の楽曲である。

 武藤彩未は小さめのアコースティック・ギターを抱え、ギターを初披露した。ギターを抱えると、左手はギターのネックを押さえることになり、踊りどころか右手と顔の表情ぐらいしか自由にならない。しかし、自分の動きをあえて封じて別の表現をする武藤彩未は、この楽曲においてはまさにバンドのボーカリストであり、同時にひとりのシンガーでもあった。武藤彩未がカポタストの位置を調整していたことにささやかな感動を覚えたことも付け加えておこう。

 木村カエラの2006年の楽曲「Magic Music」では、木村カエラのボーカルの個性を武藤彩未の声で表現するかのような歌い方も。これはふだんの武藤彩未にはないスタイルだ。

 アニメ「けいおん!」の桜高軽音部の「Don't say "lazy"」は2009年、SCANDALの「瞬間センチメンタル」は2010年の楽曲。ボーカリストとしての自分の位置付けの再定義を、セルフ・プロデュースで、しかも比較的最近の楽曲で行っているのは面白い。

 

 武藤彩未は、2008年から2009年にかけて可憐Girl'sという3人組ユニットで活動していた。そのオーディションのときに武藤彩未が歌ったというのが、大塚愛の2003年の楽曲「さくらんぼ」。バンドによる裏打ちのリズムが響き、ハンドマイクを持った武藤彩未がステージを左右に移動する姿は、バンドのボーカリストそのものだった。

 「RUN RUN RUN」から再びオリジナル曲に。「パラレルワールド」などのキャッチーさはカバー曲に負けていない。そして本編ラストの「OWARI WA HAJIMARI」は、ギターがうなる王道的なアメリカン・ロックだ。

 長いアンコールの後に、武藤彩未はロックをイメージした黒い衣装で再登場。CD未発表の新曲であるポップな「HAPPY CHANCE」と、80年代テイストの「彩りの夏」を歌ったが、後者での「彩未」コールのあまりの激しさには、かつてDVDで見たキャンディーズのコンサートの熱気さえ連想した。つまり、この日だけで70年代と80年代と90年代と現在が交錯し、時代性を超越していた。武藤彩未にマイクを向けられたファンの大合唱と、それを受け継いでの武藤彩未の歌でライブは幕を閉じた。

 それでもやまないアンコールの声に応えてダブルアンコールへ。この日2回目となる「OWARI WA HAJIMARI」が歌われたが、本編よりラウドで自由になった演奏は、この日の武藤彩未のライブを象徴するかのようだった。楽曲が終わる頃には、すっかり周囲が熱気で暑くなっていた。

 最後の最後、武藤彩未は会場を静かにさせて肉声で「明日もあるからもう帰ってね!」と言って笑わせた。武藤彩未のライブでは、自分の学校での成績の良さを「面白くないですよね?」と言ってみたり、ミスをした楽曲を意地になってやり直したり、素のキャラクターが見える瞬間があるのが面白い。

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