トレモロイド小林郁太の楽曲分析

宇多田ヒカルの楽曲はなぜ心地よいグルーヴを生む? 現役ミュージシャンが分析

 宇多田ヒカルさんは15歳だった1998年に『Automatic』で鮮烈なデビューを飾りました。改めて聴いても、15歳の少女がこの曲を作って歌った、ということに心底驚かされます。

 そのプロフィールは話題性も十分でしたし、コード進行もなかなか複雑で色っぽいですが、この曲がヒットした最大のポイントは、「和製」ではない本物のR&Bのグルーヴの心地よさを日本語の歌で表現したことにあるのではないかと思います。ボーカルのグルーヴ表現を何となく聴くだけでも十分わかるかもしれませんが、それは譜面的にも説明できます。

 下の表はAメロの歌いだしのリズムを表したものです。1、2、3、4はそれぞれの拍の先頭(表)で「0.5」というのが拍の半分(裏拍)、太字がリズムのアクセントです。ザックリと言うと、最初の小節で言うと「なー な」でタメて、「かい めの」で進む、というリズムになっています。

1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5
じゅ
とっ

 次に、下の表と見比べてください。下の表の太字は、リズムのアクセントではなく発音が強い音です。乱暴に分けると、濁音や「か」「た」行が強く、母音や「な」「ま」行が弱い音です。

1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5
じゅ
とっ

 リズムのアクセントと音自体の発音の強弱がかなり一致しますね? つまり、アクセントを強く強調して歌わなくても、音自体の強弱で自然にリズム表現ができるようになっている、ということです。実際によく聴いてみると、それほど強調しているわけではないのに、横揺れの心地よいグルーヴ感が強烈に印象に残ります。彼女はボーカリストとしても高い技量を持っていますが、そのグルーヴは単に歌が上手いからというだけではなく、歌唱力と作詞・作曲能力が一体となって形作られていることがわかります。

 このように、リズム表現を「譜割り」「アクセント」「歌詞」で作り、実際に歌って表現する、というのは多くのミュージシャンが少なからずやっていることですが、この曲の歌い出しでは表にして説明できてしまうくらいきれいに作られています。この一貫性は曲が進むにつれて段々と崩れていきますが、当時の彼女の年齢を考えれば、このように完成度の高い1フレーズを感覚的に作り上げただけでも驚くべきことです。

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