栗原裕一郎の音楽本レビュー 第7回:『人を振り向かせるプロデュースの力 クリエイター集団アゲハスプリングスの社外秘マニュアル』

プロデューサー集団・アゲハスプリングスの新しさとは何か? その「社外秘マニュアル」を読む

ブイヨンとダシ

 音楽を制作するにあたり玉井が一番の急所に据えているのは「ブイヨンとダシ」という見方だ。

 ブイヨンとは、古今洋楽ヒット曲の深層に共通して流れている核のことで、それはブルースとカントリーであるという。

 一方、ダシとは、邦楽ヒット曲に通底している核のことで、歌謡曲あるいは演歌であるとされている。

 日本のポピュラー音楽には、ブイヨンをベースにするものと、ダシをベースにするものが混在しているが、グローバルに通用するのはブイヨンであり、これからのプロデューサーはブイヨンを頭でなく身体で体得している必要があると説く。日本で活動するにはダシ的なヒットの法則も把握している必要があるけれど、ダシベースのバンドやアーティストは売れやすい反面「長続きしないという不思議な欠点を持っています」。長きにわたって届く音楽を作り続けるのは日本でもブイヨンベースの人なのだと。

 ダシでは長続きしないという見解には一概にそういえるかという疑問が残るが、ブイヨンとダシという見立ては腑に落ちる、というか比較的よくいわれることだろう。玉井も続けて言及しているようにグルーヴというもののある/なしとも関連する、ポピュラー音楽にまつわる根底的な問題である。

 その後、歌詞や歌、旋律、リズムなどについても玉井の考えが述べられていくが、特徴的なのは、万人が好むメロディやコード進行のパターンというのはたしかにあるが、といいながら、「売れ線」の音楽というものは存在しないと断言することだ。売れ線というものがあらかじめあるわけではなく、「声質や歌い方、歌詞、歌っているシチュエーション、付随するビジュアルといった全体を総合した結果」、つまり望ましくプロデュースされた結果、売れる曲が生まれるのだと。

「本質をきちんと突いた音楽ではありながら、僕達が作るのは週刊誌のようなものであるべき」であるともいう。音楽マニアにも届く深さがありながら、ライト層にも届く間口の広さも持っていること。

 たしかにアゲハスプリングスの作る音楽はそういうものに仕上がっているけれど、音楽についての玉井の理念は、表現の仕方は独特だが、奇を衒ったところはなく、拍子抜けするほどオーソドックスだったりする。

 本質をきちんと掴み、要素それぞれのディテールを疎かにせず磨き上げて、届ける先のことをちゃんとイメージして作る。要約すればそんな当たり前にしか聞こえない話になってしまうのだが、それをこなせる人が実はそう多くなく、高いアベレージで実行し続けているアゲハスプリングスが突出して見える事態になっているということなのだろう。

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