新刊『ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法』インタビュー

冨田ラボが語る、録音芸術の価値「スタジオでの録音は途轍もなくおもしろい」

「録音物の価値は、ライブがマーケットを支配しても揺らがない」

――タイトルの『ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法』。この中にある「録音芸術」という言葉が、本作の重要なポイントだと思いました。そこには、長年プロデューサーとして音楽制作の現場で活躍している冨田さんが現在直面している問題、危機感のようなものが反映されているようにも思ったのですが。

冨田:それも、もちろん念頭にありました。『ナイトフライ』という作品を題材にして、僕がこれまで録音/レコーディングの現場で実際に経験してきたことや知識を書き留めておこうと。僕は80年代中盤からミュージシャンとしてスタジオに入り、90年代から本格的にプロデューサーとしてスタジオで仕事をしてきたわけですけど、よく言われるように、やはり00年代の中盤以降、一つには制作費の面で、もう一つにはテクノロジーの面で、録音という文化には大きな変化が訪れました。僕自身は宅録のようなこともずっとやってきた人間なので、いわゆるベッドルームミュージック的な環境でもおもしろいことができるのもわかるんです。だから、それがおもしろければ別にいいんですよ。ただ、問題があるとしたら、特に2010年代以降『別におもしろくなくても安ければいい』となってきていることで。スタジオでの録音という文化があって、その文化は伝承されるべきとか、70年代や80年代のレコーディングを懐かしむとか、そういうことを言いたいわけではないんですけど。ただ、スタジオでの録音というのは、途轍もなくおもしろい、これは間違いないんです。僕自身、それがおもしろくてたまらないから、この仕事をずっとやってきた。そして、『ナイトフライ』というアルバムは、そのおもしろさをいろんな角度から語る上で絶好の作品なんです。

――近年は音楽シーン全体が、CDをはじめとする「録音芸術」ではなく、「ライブ」を中心に回るようになってきてます。そういう時代に、ここで一つ楔を打っておきたかったというような思いもあったのでしょうか?

冨田:そういう時代にカウンターを打つというような気持ちはないです(笑)。録音物を販売することで成り立っていた音楽業界のシステムが既存の方法論では機能しなくなった、それ自体はしょうがないことだと思ってます。ただ、システムが機能しなくなったことによって、録音物自体の価値が下がったように思われるとしたら、それは『錯覚だ』と言いたいですね。もちろん、僕自身もライブを演るのも、見るのも楽しんでますし、そこにしかない価値があることはよくわかっているつもりです。ただ、録音物の価値というのは、それとはまったく別のところにあるもので、その価値はライブがマーケットを支配するようになったとしても、絶対に揺らぐものではないということは言っておかなきゃいけないと思ってます。

――自分自身もそういうタイプなんですが「ライブよりも録音物で音楽を聴いている方が楽しい」という人間は、サイレント・マジョリティとして今も膨大にいるわけですからね。

冨田:そうですよね。でも、ライブに集まるお客さんの声の方がどうしても大きくなる(笑)。特に今の時代は、録音物をどう聴き手に届けるかという面で、いろんな手段が乱立していて、その対価をどうするのかという点でも過渡期にありますからね。ただ、本来的には、録音されたものを聴くということは無料であるわけがないし、録音されたものとライブには優劣のようなものはないんです。そこは、今ちょっと誤解されている人が多くなってきているのかもしれませんね。

――今回の本、既に大きな評判を呼んでますが、冨田さんのファンや『ナイトフライ』というアルバムのファンに限らず、ポピュラーミュージックが好きな人が読んだら絶対にいくつもの大きな発見のある素晴らしい本だと思います。もし「また別のミュージシャンの別の作品について書いてほしい」というオファーがあったとしたら、他に浮かぶ作品はありますか?

冨田:…………何枚かは頭に浮かびますね(笑)。でも、今回の本を書きながらも、途中で『なんで自分は他人が作ったアルバムについてこんな一生懸命書かなきゃいけないんだ』という根源的な疑問が何度か頭をよぎったんですよーー今思えば完全に八つ当たりなんですけど(笑)。なので、こういう仕事をルーティンワークにはしないと思います、今のところは(笑)。今回は書いていてとてもおもしろかったですけど、やっぱり自分で音楽を作るのが一番おもしろいですから(笑)。

(取材・文=宇野維正)

■書籍情報
『ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法』
著者:冨田恵一
発売:7月18日
価格:¥2,000+税
発行:DU BOOKS

■リリース情報
『Joyous(初回限定盤、CD2枚組)』
発売中
価格:¥3,600+税

〈収録曲〉
ディスク:1
1. やさしい哲学 feat.椎名林檎
2. 僕の足跡 ~I follow the sun~ feat.さかいゆう
3. 都会の夜 わたしの街 feat.原 由子,横山剣,椎名林檎,さかいゆう
4. false dichotomy
5. on you surround feat.横山剣
6. いつもどこでも feat.さかいゆう
7. Don’t throw it away
8. 私の夢の夢 feat.原 由子
9. この世は不思議 feat.原 由子,横山剣,椎名林檎,さかいゆう
10. trichotomy

ディスク:2
1. いつもどこでも feat.児玉奈央
2. やさしい哲学 -Instrumental-
3. 僕の足跡 ~I follow the sun~ -Instrumental-
4. 都会の夜 わたしの街 -Instrumental-
5. on you surround -Instrumental-
6. いつもどこでも -Instrumental-
7. 私の夢の夢 -Instrumental-
8. この世は不思議 -Instrumental-

■イベント情報
『ナイトフライと80s音楽の秘密。with 西寺郷太(ノーナ・リーヴス)』
日時:2014年8月5日(火) 代官山蔦屋書店 19:00~20:30
出演:冨田ラボ、西寺郷太
入場料:無料 代官山蔦屋書店で『ナイトフライ』をお買い上げの方先着70名に、イベント参加券を配布

ドナルド・フェイゲンの作品もイメージしていたというソロ作を今春リリースし、そして5 月にはワム!の謎に迫る小説『噂のメロディ・メイカー』を刊行した西寺郷太氏とともに、冨田ラボが「ナイトフライ」と80s音楽について語るトークイベント。

『ナイトフライの名演を堪能する! with 唐木元(ナタリー)』
日時:2014年8月22日(金) タワーレコード渋谷店 19:30~21:00
出演:冨田ラボ、唐木元
入場料:無料 『ナイトフライ』を渋谷店にてお買い上げの方に先着でサイン会参加券を配布。 トークショーの観覧はフリー

ギター、ベース、キーボードをこなすマルチプレイヤーでもある冨田ラボと、ベーシストとしても知られる、ナタリー取締役・唐木氏を迎えて、プレイヤー視点からナイトフライの魅力を語る。
そして、名だたるドラマーが参加したにもかかわらず、実は打ち込みのアルバムだったことについても徹底議論。

冨田恵一/冨田ラボ公式サイト

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