再現性、ドキュメント性、民族マナーの優れた描写 『永遠のジャンゴ』が与える、贅沢な満足感

サエキけんぞうの『永遠のジャンゴ』評

 映画はいま、政治状況を反映してか、緊迫したメッセージを伝えるメディアとなっている。『ダンケルク』(2017、米)……ナチスの世界征服を食い止めた英国軍によるギリギリの戦いを伝えた大作。その死の匂いはどうだろう?

 この『永遠のジャンゴ』もまた鋭く戦争を描く。しかしこちらは、音楽に心躍らされもする。ジプシーたちの暮らしが混じるフランスの風景も美しい。ナチス占領下のフランスにおけるミュージシャンの物語だ。ジャンゴ・ラインハルトという世紀の音楽家の神秘の輪郭に迫り、マジカルな民族・ジプシーの意趣あふれる生活ぶりを描き出しながら、ナチスによる圧倒的な暴力の凄みを味わうという、贅沢な満足感を与えてくれる。

 まずジャンゴ・ラインハルトについて知ろう。ジャズは米国産、ニューオリンズ発祥の黒人音楽だが、ジャンゴは1910年にベルギーにロマ(ジプシー)族出身で生まれた。

 彼はロマ音楽と、当時勃興中のスウィング・ジャズを融合させ、ジプシー・スウィング(マヌーシュ・スウィング)という新しいジャンルを作ってしまった。いきなりそうした音楽を始めた。

 その趣深い曲調は、スロースウィングではウットリするような夢心地にさせてくれるし、テンポの良い曲ではどんなカタブツでも思わず身体を動かされるような楽しい気持ちをもたらす。実際僕も、古い録音のCDなのだが、彼の音楽を、ジャズの中では別格扱いで集め、聴いてきた。知らないうちに沢山のCDを買っていた。一応ジャズというジャンルだが、クラシックとポップスをまたがったような幅広い親しみやすさがある。

 テクニックが凄い。「ギターの型を打ち破る信じがたい奏法。軽やかできめの細かいコード・トレモロ、甲高く叫ぶ高音トレモロ、自在に駆け巡る切れの良いピッキング」という専門的な説明がなされている。その全ての表現を覚えて、映画を観てほしい。

 ジャンゴの演奏を担当したストーケロ・ローゼンバーグ率いるローゼンバーグ・トリオは、非常によい仕事をしている。そっくりに弾こうとトライするジャンゴ・フォロワーのギタリストは、日本にも凄い数がいる。恐らく世界の何万人というジャンゴ・ファンが「ホントに再現できてんのかよ!」と、怖い顔をしてこの映画をチェックしている。特に重要なのは、高音を「クイーン」とチョーキング(引っ張る)するキュートな音色。感動が極まる瞬間を作れているかどうか? 本当にジャンゴ節にひたれる再現が見事になされている。僕は満足した。あの微妙な音色を出せている。そしてそんな音色を叩き出す、天才の気まぐれで気難しい性格の表情も。

 最大のハードルは、有名なジャンゴの2本指奏法(親指入れて3本)だ。ジャンゴは10代の頃、大やけどを負い、左手の薬指と小指が不自由になってしまった。しかし練習により、2本の指で弾く信じられない奏法を確立した。アクロバットのような運指をどこまで再現できるのか? 顔も似ているジャンゴ役のレダ・カテブによる、演奏する顔つきもなかなかよいが、指さばきは注目。ひょっとすると指は別の人? 見事で絶妙な運指再現に、素人にも目を見晴らされる。

 ジャンゴに憧れる「自称・世界で二番目のギタリスト」の映画『ギター弾きの恋』(99年、米、監督ウディ・アレン、超お勧め!)では、1930年代のジャンゴ風ジャズ演奏が描かれた。マイクを含め音響設備がない時代に、レストランやホールで生音で観客に伝えなければならないため、ギタリストはピッキングをやたら強くする。マイクがないのだ。だから信じられないほど激しく弦をかき鳴らす。

 ジャンゴの独特なピッキングはそんな事情も知ると理解しやすい。この映画では舞台が40年代で、しばしばマイクが登場する。しかしその熱い演奏は、直近までマイクのない時代を経てきた感覚だ。バーや、ジプシー・キャンプにおけるシーンも気楽に演奏しているように見えて、実は指が切れるような激しい弦のおさえ、弾じきが味となっている。

 ヨーロッパに独自のジャズを着地させ「ヨーロッパ最大のジャズ・ミュージシャン」とも評されたジャンゴ。彼は生音しかない時代、米のチャーリー・パーカーのサックスなどを向こうに、音がはるかに小さいギターという楽器で、対抗した。

 物語を簡単に述べよう。

 1943年、ナチス・ドイツ占領下のフランス。ジャンゴは、華麗な演奏で満員の観客を沸かせていた。彼の才能に惚れ込んだナチス官僚がドイツでの公演話を持ちかけてくる。宣伝相のゲッベルス、ヒトラー総統も来るかもしれないという。移民族ジプシーは国家による戦争に組しないと、ドイツ行きを避け、かわそうとするジャンゴに対し、ナチスによる身も凍るような弾圧は強くなっていく。それを逃れ、年老いた母親、妊娠中の妻を伴い、スイスへの亡命を期して国境を接するレマン湖畔の街に移り住む。この地もドイツ軍の支配下にあった。ジプシーの活動は厳しく制限され、生活物資も乏しい。ジャンゴは食いぶちを稼ぐために即席バンドを結成し、素性を隠して地元のバーで演奏を始める。しかし見つかり、ナチス官僚が集う晩餐会での演奏を命じられる。負傷したイギリス人兵士をスイスへ逃がすために晩餐会で目眩ましに演奏を行ってほしい、というレジスタンスの依頼に応じて演奏を開始するが……という物語。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる