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トム・クルーズの狂騒がキラキラと輝くーー『バリー・シール』が描き出す、アメリカの病理

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 大手航空会社のパイロットからCIA秘密作戦のパイロットに転身、その任務のかたわら、密かに麻薬組織ともつながって密輸を繰り返し、大富豪になってしまったという実在のアメリカ人男性、バリー・シール。その波乱万丈過ぎる顛末を映画化したのが、本作『バリー・シール/アメリカをはめた男』だ。

 トム・クルーズは、是非ともこのバリー・シールを演じたいと切望し、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』の監督ダグ・リーマンと再びタッグを組み実現させた企画が本作であるという。それも納得してしまうくらい、この役はトム・クルーズの俳優としての特性が絶妙にマッチし、作品を優れた娯楽作にすることに大きく寄与していた。ここでは、そんな本作が描いた真実を、できる限り深く掘り出していきたい。

 あらためて考えてみると、トム・クルーズは奇妙な俳優である。笑顔が印象的な甘いマスクと驚異的な身体能力、嫌味のないユーモア。彼が演じる役の多くはまさに「理想化されたアメリカのナイスガイ」の見本といえる。ときおり冷酷な殺し屋役に挑戦するなど変化をつけながらも、50歳代半ばにして、このようなさわやかな役をいまだに演じ、アイドルのようなスマイルを見せているというのは、そこに観客の需要があるからだろう。

 新作が公開される度に多くの観客が 「トムももう年だからなあ…」と思っても、実際に劇場に足を運んで彼の演技を見ると、やはり魅了されてしまう。それは次々に現れる若手俳優の持ってない何かを彼が持っているからだ。

 『ミッション:インポッシブル』シリーズの撮影で壁に激突し、骨折したように、トムは危険なスタントを自身が演じることで知られている。飛行機を使ったシーンの多い本作でも、それは同様だ。近年ではCG技術など、ポストプロダクション(撮影後の作業)の進化によって、アクションスターは必ずしもリスクをともなうアクションシーンを演じる必要がなくなってきている。そういうなかにおいて、あえてリスクを引き受ける彼の「狂気」のようなものは、スクリーンを通してたしかに伝わってくるように思える。トム・クルーズの演技の裏には、近年のハリウッド映画では希薄になりつつある異常な熱気がこもっているのである。『マグノリア』で演じた、狂気を感じるナンパ師セミナーの教祖役というのは、そういった面から考えると、はまり役であったといえよう。

 ただ、ここで触れなければならないのは、本作では、撮影の中で飛行機が墜落し、スタッフが死亡する事故が起きているという事実である。こういう事態が起きてしまったことは、このような本物にこだわる姿勢が要因のひとつとして考えられ、トム自身もリスクを引き受けてはいるとはいえ、現代において、あえて危険を冒す撮影方法の是非については、また別に議論しなければならないと感じる。

 本作で印象的なのは、バリー・シールが密輸の仕事を次々にこなして得た違法な報酬があまりにも莫大なため、その処置に困るという場面である。彼は地元のあらゆる金融機関に、大金を可能な限り預けまくり、銀行はあまりの額が預けられるためにバリー・シール専用の大金庫を作る。それは、他の預金者全ての金を集めた金庫よりも大きかった。そんなバリーが住んでいることで田舎町全体の景気は潤いを見せていた。

 こういった異常な状況というのは、密輸を依頼した麻薬犯罪組織「メデジン・カルテル」が原因である。そのリーダーとなるパブロ・エスコバルは、密売の稼ぎによって世界で7番目の金持ちに番付けされ、私設の軍隊を持ち、自宅に飛行場や動物園などを建設、サッカーチームのオーナーにまでなっており、街の名士として地元では讃えられていたのだ。その収入に直接関わるバリーが富豪になるのも当然だ。人々を不幸にする違法行為での稼ぎにも関わらず、金を持っていることで尊敬されてしまうという、狂った状況である。本作では、悪事を描いているとは到底思えないほど、バリーの異常なビジネスをキラキラと輝くように表現しており、トム・クルーズもいきいきと、この狂騒を演じている。ここにおいて、やはりトムは適任であったといえる。

      

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