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『スプリット』はシャマラン監督の真骨頂だーー「脱出スリラー」のイメージを覆す快作

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『スプリット』はちゃぶ台返しどころか、部屋ごとぶっ壊す

 M・ナイト・シャマラン監督は前作『ヴィジット』(2015年)が名作スリラーとなり、その評価を取り戻しましたが、今作『スプリット』もまた、たまらなく面白い作品でした。シャマラン監督は、『シックス・センス』(1999年)や『アンブレイカブル』(2000)といった作品で世界的に評価されたものの、『ヴィレッジ』(2004年)あたりから評価が分かれ、初めての原作モノとなった『エアベンダー』(2010年)では酷評の憂き目にあいます。評価に伴って作品の規模が大きくなっていったものの、ビッグバジェットになると彼の作家性がうまく活かせなかったのでしょう。前作『ヴィジット』では、再びローバジェットの作品になったことで、初期衝動さえ感じさせるシャマラン節全開の作品になりました。そして、今作『スプリット』も、監督の“とにかくコレが見せたい!”という気合いが伝わってくる、素晴らしい作品に仕上がっています。

 シャマラン監督の作品は、“ラストのどんでん返し”に注目が集まりがちで、本作でもそれは健在なのですが、個人的にはその独特のテンポ感にこそ、その作家性を強く感じています。『アンブレイカブル』にしても『ヴィジット』にしても、本人がどこまで意図しているのかわからないけれど、とても変わった物語の運び方をしていて、人によってはそのグルーヴ感にこそハマってしまうのではないかと。すごく重要そうなポイントで、もう少し説明してほしいところを、ものすごいスピードで端折っていったり、逆に「ここ必要?」と思われるようなところを、じっくり時間をかけて撮ったりするんですよね。たとえば『ヴィジット』では、床下で主人公の子ども達がおばあさんに追いかけられるシーンがあって、それは確かに怖いシーンではあるんだけれど、同時にちょっと滑稽でもある。おばあさんが四つん這いで、ものすごいスピードで追いかけてくるわけですから(笑)。物語を決定的に動かすシーンではないにも関わらず、かなり丁寧にそのシーンを描いていて、僕は単純に監督が“面白いと感じたから”じっくり撮っているんだと思いました。そこに、独特のユーモアセンスがあるんです。

※この後、ネタバレ要素を含みます。

 今回の『スプリット』も、監督本人が楽しんじゃっている感じがすごくします。本人が端役でちゃっかり出演しているのもそうですが、話の展開も自由で、面白いと感じるシーンをどんどん見せていったら、最終的にすごいところまで行ってしまった感じ。監禁された女子高生3人と23人格の異常者の戦いというだけでも、十分に面白いスリラーが作れるはずなのに、まったくそれだけで終わらせるつもりはなくて、ジャンル映画的な約束事とも関係なく話が進んでいきます。たとえば、女の子のひとりが部屋の中にあった針金のハンガーを使って、なんとか鍵を開けようとするハラハラシーンがあるんですが、長々とそのシーンで引っ張った挙句に、その結果は物語の本筋にほとんど影響しない(笑)。普通なら、それが成功したことによって、誰かが助かったりして物語が進展するものだけれど、おそらくシャマラン監督にとってはそのハラハラを描くことこそが重要だったのでしょう。そういった予想の裏切り方を楽しめれば、本作ほど刺激的な映画体験をもたらしてくれる作品はないはずです。僕の場合は、最後に爆笑して拍手喝采していました(笑)。

 たとえるなら、中華料理を食べに行ったのに、最終的にはフランス料理のデザートを食べていたみたいな。あまりにも予想と違う物語で、最終的に「え、これってそういう話だったの?」みたいになるんだけれど、それこそがシャマラン監督の真骨頂だと思います。『ヴィジット』の場合は、どんでん返しはあったものの、物語としてはきちんと一周して輪が閉じていました。でも、『スプリット』はちゃぶ台返しどころか、部屋ごとぶっ壊すくらいのことをやっています(笑)。よく、スリラー映画には伏線の回収をすることに終始していて、「これは実はこういうことでした」って説明臭くなる作品がありますが、本作はそういうつまらなさとは無縁で、なにもかもを吹っ飛ばすくらいの勢いがあります。自分とは感覚がまったく違う人種が作ったすごいもの、という感じで、未知の刺激を求めている人にはぴったりの作品です。

個性が際立つ、厳選されたキャスティング

 出演者たちの演技も、本作の大きな見どころのひとつです。ジェームズ・マカヴォイ演じる23人格者・ケビンは、劇中では8つの人格を演じるのですが、その8人格の演じ分けがすごい。女性の人格・パトリシアや、9歳の子どもの人格・ヘドウィグなどは、すごく特徴があるからまだわかるのですが、実際の人格とは別の人格のフリをする演技などは、かなり高度で見ているこちらまで混乱してきます。結果として、主人公たちと同じように、観客まで欺かれるわけです。この繊細な演技を見るだけでも、本作は観る価値があるといえるでしょう。

 しかも、その8人格がどれも怖いんです。たとえば子どものヘドウィグは、カニエ・ウェストの曲でダンスを披露するんですけれど、かなりの長尺で、本気で楽しそうに踊り切ります。長すぎて、見ているこちらもどう反応していいのかわからないくらいで、当然ながらヒロインはもっと困惑した表情を浮かべる。そのダンスで「へ? なにこれ」となった直後に、彼があると言っていた「窓」がただの絵だったことがわかる怖さ。ただノリノリで踊っているだけのシーンなのに、それを狂気として描いて、ぞっとさせるのは、本当にすごい演出だと思います。それから、優しい人格かと思った女性のパトリシアが、サンドウィッチを作りながら突然切れ始めるシーン。結局、どの人格もヤバイってわかったときの絶望感は、前フリが効いているからこそ、かなり深いものがあります。シャマラン監督の「こいつはヤバいやつだ」って思わせる演出は、非常にうまいですよね。

 また、ヒロインを演じたアニャ・テイラー=ジョイもすごく良いです。黒髪ロングで日本人受けしそうなビジュアルで、なにより憂いのある眼差しが素晴らしい。彼女のシリアスな表情だけで、スリラー映画が成立しちゃうんじゃないでしょうか。ほかの二人もすごく良いキャラクターで、それぞれ個性があります。本作の出演者は少ないからこそ、すごく厳選されたキャスティングになっていて、誰一人としてハズレがいません。精神科医のおばあちゃんも、なにげないシーンなんだけれど、近所のおばちゃんたちと一緒にテレビを観て楽しんでいたりするのを描いているから、キャラクターにぐっと奥行きが出るんですよね。

      

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