松江哲明の『シン・ゴジラ』評:90年代末の“世界認識がグラグラする”映画を思い出した

松江哲明の『シン・ゴジラ』評

 『シン・ゴジラ』もそうだけど、今年は『アイアムアヒーロー』とか『ヒメアノール』とか、骨太な映画がちゃんとヒットしていますよね。たとえば原作のイメージを壊さないように作られた漫画原作のヒットと、『シン・ゴジラ』のヒットは意味合いが全然違うと思います。今回『シン・ゴジラ』を観て面白いなと思った人は、これから期待を持って映画を観に行くようになると思うんです。世界的に有名な怪獣ですけど、作品にはオリジナリティがありますから。原作に忠実な映画を観に行くのは、言ってみれば確認作業でしかないんです。でも『シン・ゴジラ』には、圧倒的な見たこともない発見がある。もし「映画って、こんなにヤバいものなんだ」って、思う人がいてくれたらいいですよね。本作はもしかしたら失敗するかもしれない、ギリギリのところまで攻めて、うまくまとめるだけじゃなく、良い意味で過剰な作品に仕上げていると思います。バランスよりもセンスを優先させたことで、ハリウッド版とは違う土俵を作ったんじゃないでしょうか。

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 それと、ドキュメンタリー監督として面白かったのは、ワンショットが長いところ。カットが割られず、途切れない映像というのはカメラの前で起きている現実そのものなのです。人々が話し合っているところの描写は、結構細かく割っていて、感情が映りきらないうちに次々場面が転換されていくんですが、ゴジラが出てくるシーンはじっくり撮ることで「そこにいる」という効果を出しています。例えば車窓からずーっとゴジラが歩いてるのを撮ってるカットや、尻尾が頭上をいく様を路上から撮ることで、人間から見ている視点であることを強調されていました。日本映画が得意とする情感の部分を、ゴジラのシーンで表現しているのがたまらなかったです。よく指摘されているように、会議のシーンとかは岡本喜八監督のカッティングを意識していると思うんですけれど、それはあくまでゴジラの物語を進めていくための情報であって、見せどころをゴジラのシーンに集約していたのが正しい怪獣映画だなと思いました。


 90年代は、日本映画に限らず、台湾ニューシネマのエドワード・ヤン監督なども含めて、“世界をどう捉えるか”がテーマになっていたと思うんです。つまり、映画を通してミニマムな世界を描くことで、フレームの外にある世界がいま、どうなっているのかを紐解くような作品というか。押井守監督の『機動警察パトレイバー 2 the Movie』などは、まさにそんな感じで、もしも東京でいま戦争が起きたらどうなるのかを描くことによって、当時の東京を見つめ直すような作品でした。それと同じ構造が、『シン・ゴジラ』には感じられて、「現実 対 虚構」というキャッチコピーもすごく合っていました。そこに僕は、90年代映画の精神ーーフィクションを通して、いま生きる世界がどうなっているのかを考えた一連の作品を思い出したのです。00年代になると「セカイ系」と呼ばれる作品群も出てきましたが、ああいう内向きなものとは違って、本作には、そう簡単には手の届かない大きな世界を描こうとしている志があったと思います。


 昔はそういう映画を作っても全然お客さんが入らなくて、それこそ作家主義みたいな言葉で片付けられていたところがあったけれど、『シン・ゴジラ』はそんな枠に収まらない稀有な作品だと思います。だから、この作品を観て面白いと感じたひとは、ぜひ90年代の作品も改めて観てほしいですね。『平成ガメラ』シリーズや『パトレイバー』も良いんですけれど、実はジャ・ジャンクー監督の作品とかも決して遠くないところにあると思います。黒沢清さんの『CURE』も、東京の日常風景の中で突然、事件が起きて人が死に、決定的な出来事がワンカットで記録されている、現実と地続きにあるような映画です。『シン・ゴジラ』は日本映画で久々に登場した、観たあとに、自分が生活している世界の認識がグラグラするような、そんな作品なんだと思います。

(取材・構成=松田広宣)

■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』の監督を山下敦弘とともに務める。最新監督作は、テレビ東京系ドラマ『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』。

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『シン・ゴジラ』
全国東宝系にて公開中
出演:長谷川博己、竹野内豊、石原さとみ
脚本・総監督:庵野秀明
監督・特技監督:樋口真嗣
准監督・特技統括:尾上克郎
音楽:鷺巣詩郎
(c)2016 TOHO CO.,LTD.
公式サイト:http://www.shin-godzilla.jp/

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