>  >  > 映画館で“音楽ライブ”を上映する意義

立川シネマシティ・遠山武志の“娯楽の設計”第4回

映画館はライブを越える音楽体験を生み出せるか? “ライブスタイル上映”のリスクと革新性

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 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第4回は“映画館で音楽を楽しむこと”について。

 “音楽モノ”といっても、ミュージカルから、ミュージシャンの伝記、ライブを撮影した作品まで様々です。ドキュメンタリーだってあります。例えば直近なら、遠山が音楽の神と崇めるジェームス・ブラウンの破天荒にもほどがある前半生を描いた『ミスター・ダイナマイト ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』があります。なにしろ僕はJB信者ですので、立川シネマシティでは今作をベテラン音響家による綿密な調整を施して上映する【極上音響上映】にて上映します。ブラックミュージックファンはぜひ。

 さて、2000年代に入ってカメラがフィルムからデジタルに切り替わったことで、音楽ライブや舞台を撮影した作品が映画館で上映される機会がぐっと増えました。この技術革新によって、映画館では「ODS(Other Digital Stuff)」と呼ばれる非映画作品が年々増加しています。現在は歌舞伎や宝塚、劇団☆新幹線作品や2.5次元ミュージカル、落語やお笑い、オペラにバレエ、そして音楽ライブと、多種多様のエンタテイメントを映画館で楽しむことができるようになっています。

 ですが、あえて今回は音楽ライブ作品に絞って話を進めます。
 2009年に『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』が公開された際、「音響家に依頼して、対象作品を最適な音に調整して上映する」というスタイルを思いついた結果、全国からファンが集まるという、僕の仕事人生において最初の大きな成功を収めることが出来ました。

 その後もファンからの要望にどんどん応えていくことで、このスタイルは急速に進化していき、音響調整を重ねて最終的にはほぼライブ会場と同等の音量、音感でスタンディング・歓声をOKとした上映にまでたどり着きました(シネマシティではこれを“ライブスタイル上映”と命名)。

 とても映画館とは思えないライブハウスさながらの大音量で、お客さんが総立ちで踊ったり叫んだりしている様子を見ながら、僕は東京ドームで観たマイケルのライブのことを思い出していました。2Fスタンド席だったせいで、マイケルは豆粒のよう、結局巨大スクリーンを通してしかまともに観ることはできません。音も天井に反響してボワボワしています。また距離があるためか周囲のファンも妙に冷静になってしまっていて、アリーナの盛り上がりを遠目で眺める、というような感覚になりがちでした。もちろん、忘れがたい特別な体験ではあったんですけど。

 戻って、シネマシティ劇場内。リハ映像で粗い部分もあるものの、遠目から観るドームの巨大スクリーンの画質とは比べものにならない鮮明さと色彩の美しさ。音も反射音がぐわんぐわんする大会場と違って、ソリッドでシャープでクリアです。それよりも何よりも、400席に満たない劇場ゆえの、お客さんの一体感! 現実の拍手や歓声が音楽に混じり合い、スクリーンの内と外の境界線が曖昧になる感覚。「映画館でも、生をも越える体感を作り出せるかも知れない」そう気づいた瞬間でした。

 このライブスタイル上映で、もうひとつ大きな発見がありました。それは「お約束」の成立です。どのミュージシャンのライブにも「お約束」のひとつやふたつはあるものです。決まったかけ声とか、タオルを回すとか、ジャンプするとか、カタチは様々ですが、こういうものがあると一体感がぐっと増します。『THIS IS IT』の場合、そのひとつは、マイケルがクレーンに乗って高所で歌う演出のリハ場面でした。クレーンが上がって、マイケルが高所から下にいるオルテガ監督に「Hi」と軽く手を振るのです。あるとき、これにお客様のひとりが「Hi」と声を出して応えたのです。劇場にはクスクス笑いが起きました。それが発端。やがて回を重ねるうちに、何十人何百人というファンが「Hi」とスクリーンのマイケルに手を振り始めました。「お約束」が成立したのです。

 これは大変興味深い現象です。表層的には実際の音楽ライブでの行為の延長のように思えますが、本質に違いがあります。その違いとは「主導者(統制者)が不在」であることです。ファン側の発案で何かしらの「お約束」が成立することは生のライブでもよくあることです。しかし、成立した時点でアーティスト側は必ず意識します。そしてその行為を促すきっかけを作るようになります。すなわちあくまでもエンタテイメントの主導権はアーティストにあります。ところが映画館でのフィルムライブの場合、映像は過去のものであり、もちろんインタラクティブでもありませんから、アーティストはファンの介在に対し受動的です。つまり部分的とはいえ、エンタテイメントの主導者が逆転しているのです(正確にはアーティストは観客にエンタテイメントされていません。スクリーンを鏡のようにして、観客の一部によるエンタテイメントが他の観客に反射しているという構造です)。

 これを促す興行は、映画館に許されることでしょうか? 自然発生に委ねられたエンタメ性は参加者によってクオリティが変動し、結果の良し悪しはおいても制作者の意図がゆがめられる可能性もあります。映画館の領分が作品の意図を正確に伝えることだけであるなら、これは越権行為にあたるかも知れません。しかしすべての映画館が厳密な基準の元に画一的に作られているのでなければ、映像や音響の質、建築の意匠などによっても、すでに単に上映しているだけで劇場ごとの“色”がついているとも考えられます。

      

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